さて、この小説は大変特殊な小説です。というのも、この小説の主題は、反原発 と公的権力による陰謀論だからです。従って、そういう事の嫌いな方々、及びそ ういう事柄をファンタジーとしてスルーできない方々はこの本を買うのはお止め になった方がよろしいと思います。私も書評、という趣味が無ければ多分途中で 放り出したと思います。 とにもかくにも書評を続けます。表題のバラカ、というのはとある少女の名前で す。それも元々の名前ではありません。ともあれ、小説は、福島の4つの原発が すべて爆発し、関東地方がすべて放射能で汚染され、首都機能が大阪に移転し、 大阪で開催されるオリンピックで日本がすっかり福島のことを忘れてしまってい る、という前提で始まります。 汚染地域に放置されていたペットの保護活動をしているとあるボランティア、後 にバラカのおじいちゃんと呼ばれる人が、その地域で2歳くらいの女の子を保護 します。その子は、自分のことをバラカ、と呼びます。言葉もろくろく話せませ ん。 話は二年くらい前に遡りますが、この子は実は、日本に出稼ぎに来ていた日系ブ ラジル人の夫婦の娘です。父親はほとんど酒乱。母親は小さい頃から日本に来て いますが、いじめられたためにろくろく学校に通えず、日本語も怪しく、ひたす らとある新興宗教にはまっています。父親はそれが気に入りませんがどうしよう もなく、日常に追われています。 日本は景気が悪く、生活に困窮した夫婦は、ドバイで働くことを選択しますが、 父親は仕事がうまくいかずに首になります。母親は、子供を連れて仕事先の運転 手とバラカを連れて逃亡し、当然のように二人とも奴隷に売られてしまうので す。 そのバラカを買いに来たのが日本人の出版人とTVディレクターの女性二人連れ です。出版人が買い手で、ディレクターは、幼児売買の情報を掴んで、あわよく ば番組にしようと思っています。首尾よくバラカを買い取った二人でしたが、出 版人は、大学の同窓生川島と結婚して福島に移住することになります。途端に妊 娠した出版人は、全くなつかないバラカに嫌気がさしています。 そうした中、福島に地震と津波が起き、出版人は死んでしまいます。残されたバ ラカは、反原発活動に勤しみ、各地の支持者の元を転々としながらおじいちゃん と暮らすのですが、甲状腺癌を患い手術する事になります。そうしたバラカを気 に入らない同級生がネットにアップロードし、それを見た何人かの人々がバラカ を訪ねてきます。うち二人の男子は、バラカの生活を助けますが、一人の女子 は、バラカを拉致していきます。川島が依頼したからです。この川島という男 は、一種の悪魔的人物です。先に述べた新興宗教の牧師とホモ関係になりなが ら、牧師に拒絶され、女性を憎み、関係を結んでは妊娠させて捨てる、という生 活を繰り返しています。 実はバラカを買った出版人も、ディレクターも、二人とも川島と関係して妊娠堕 胎した関係でした。川島はバラカを手に入れて監禁状態に置き、甲状腺癌を患い ながらも福島で暮らす一種の宣伝材料として彼女を盛んにメディアにアピールし ています。それに嫌気がさしたバラカは、川島の手から逃げ、当時公的権力によ って指名手配犯となっていた男子二人と、彼らと反原発活動に励んでいたかつて のおじいちゃんの元で暮らすことになります。 ところが、川島は、逃げたバラカが死んだのだ、という誤った情報を受け取った せいなのか、なぜか自殺してしまいます。バラカは、たまたま何処かで川島の手 下に見つかってしまい、その手下の通報によって、かくまわれていたアジトは暴 かれ、二人の男子は逮捕され、バラカは残されたおじいちゃんと暮らすことにな ります。 その後三十年が経過し、出獄してきた男子の片割れと結婚したバラカは子供を産 み、初めて彼女の人生に訪れた幸せを噛み締めるのです。小説としては、さすが に直木賞作家さんです。伏線も展開もきっちり描けています。ただ、テーマがテ ーマですのですべての人が絶賛するはずはない、という小説ではありました。 追伸。桐野先生、作品の中で確か二回ほど、原発が核爆発した、という表現をお 使いでしたが、どうぞご安心ください。原発は核爆発しません。核爆発にはまず 原発で使われている低濃度ウランを濃縮することが必要ですが、日本ではウラン 濃縮を大量にする施設はありません。しかも核爆発には炸薬が必要です。福島で 起きた水素爆発では炸薬の代わりには到底なりません。あの時福島では、原発は 地震には耐えたのです。津波によって全電源が喪失する、という当初考えられも しなかった事態によって熱暴走が起き、水素爆発したのです。同じ地震の被害を 受けた女川原発が今日も無事でいるのがその証拠です。決して核爆発ではありま せんので、出来ればその点を重版(ありませんでしょうが)では書きあらためて いただければ幸いです。
by rodolfo1
| 2016-05-01 02:42
| 小説
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