吉田修一作「橋を渡る」を読みました。

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吉田修一先生は、芥川賞を取りながら、決して読者に対するサービス精神を忘れ
ない大変立派な作家さんだと思います。そのあらわれのひとつが、彼はほとんど
毎回違うテーマで書く、と決めているらしいことです。今回の小説は、なんと彼
初のSF小説のニュアンスを取り入れたもの。いわゆるタイムパラドックス小説の
一種です。

小説には4組の夫婦とカップルが登場します。この4組がお互いに入れ代わり立
ち代わりしながらひとつの家族を形成し、すべてが失敗に終わったかにみえる未
来を改変するかもしれない、といった趣向になっています。まず最初に登場する
のは新宮明良と歩美夫婦です。歩美はギャラリーをやっていて、そこに新進画家
が訪問して絵を見てもらいますが、歩美には気に入りません。すると画家は激昂
してストーカーまがいの騒動を引き起こします。

この時、新宮家の玄関には、「響」という名の米と、「凛」という名のお酒が突
然現れます。これは後に重要な伏線となります。ストーカーのこともあり、気味
悪がる新宮家の人々は、これらを警察に預けます。ところで、新進画家はどうし
たことか、画壇の大物に取り入り、一流の画家として認められ、逆に歩美は排斥
されかかります。そうした中で、居候していた甥の孝太郎とその彼女との間に子
供が出来てしまいます。波乱の予感の中でこの章は終わります。

次の一家は、赤澤家です。旦那は東京都議の広貴、奥さんは篤子です。この都議
は、例のセクハラヤジ問題の当事者なのですが、ついに口をつぐんだまま謝罪し
ませんでした。そのことを妻は気がついてマスコミ報道を大変気にしています。
何かといえば雑誌社に読者を装ってクレームを入れることが趣味になっていま
す。さらに妻は、夫がとある軍事関係メーカーから裏金をもらったところを目撃
します。そのことも大変気に病んでいますが、特に夫にそれを問題提起すること
もなく、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待っています。彼女は最後に、秘密を知って
いることを夫に打ち明けますが、自分が夫と子供を守り抜く、と宣言しながら
も、また雑誌社に電話することを続けます。

三組目はもうすぐ結婚を控える里見謙一郎と本田薫子のカップルです。香港デモ
の取材で、撮影していたフィルムに、不思議な赤茶けた光景が全く秒数を稼ぐこ
となく写り込んでいたことに気がついた謙一郎でありましたが、そのことについ
てはこの時点では全く謎なままです。ところで彼はもともとは先輩の彼女であっ
た薫子を射止めたのですが、ふとしたことから彼女がまだ先輩と付き合っていた
ことに気がついてしまい、彼女との旅行先から失踪してしまいます。

気がつけば流れ流れた挙句に対馬にたどり着くのですが、そこで見せられた新聞
から、自分が薫子を絞め殺して逃亡していたことに気がつきます。逮捕された彼
は飛行機で東京に護送されるのですが。。。。

次に4組目のカップルが登場します。舞台はそれから70年後の未来です。未来は
荒涼としており、戦争が続き、人々はロボットや、当時研究開発された、遺伝子
組み換えによって生まれたサインと呼ばれる新人類によって生活を支えられてい
ます。一見人間に見えるサイン達ではありますが、生殖能力は無く、40歳程度で
死んでしまいます。しかも人類に差別され、虐待の対象としてしばしば扱われま
す。

一兵士として対馬を防衛する任務についているサインの響には、人間の妻がいま
す。彼女は先に登場した夫婦の親戚です。というか、歩美が嫌っていた画家は超
有名画家となり、歩美は彼の信奉者となり、幸太郎と彼女の間に生まれた娘と結
婚してその間に生まれたのが響の妻です。更に広貴と関わっていた防衛産業を乗
っ取られた一族のうらぶれた妻として不遇の生活を送る同じくサインの凛は、い
つしか出会い、心を通わせます。

その未来に、謙一郎がタイムスリップして来るのです。ともに逃亡する途中で謙
一郎に出会った二人は、当時存在した、夢や自分の考えを投影するプロジェクタ
ーの画像から、謙一郎がかつて香港の映像で発見し、それが自らが突然タイムス
リップしてきた場所であることに気が付き、そこに帰れば過去に帰還できる、と
思いつきます。三人は対馬の荒野を目指し、ついにたどりついた先に待ってい
たものは。。。。

大変結末が素晴らしい出来だったと思います。SF嫌いの方々には受け入れられな
いでしょうが、私は大変面白く読みました。



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by rodolfo1 | 2016-06-04 02:52 | 小説 | Comments(0)
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