さて、母親の死後、しばらくして兄からメールが来た。
きっちりやらかしてくれた。
なんでも訴訟騒ぎになっている、と言うのだ。
65歳で病院をやめた兄は、開業しようとしたのだった。開業コンサルに
申し込み、西宮の医院を買ってそこで開業しようとしたのだが、これが医療
法人だった。それを解散してそこの場所と装備を借りようとしたのだが、
医療法人を解散するのはなまなかなことではできない。とにかく昨年7月
に開業したかった兄は、その法人を買収して自分が理事長、父母を理事に
して、開業したのだが、その際の代金の支払いを巡って、相手に2000万円
の訴訟を起こされていた。お前にも相続が起これば支払い義務が発生して
しまうので、相続を放棄しろ、というメールをよこしたのだ。
そんな大事なことをたった2通のメールで言って寄越す相手の真意が全く
読めなかった。まだ相続をするともしないとも言っていないのだが、
初公判が2月9日にあるので、それまでに答弁書だかを出さねばならない
のだが、これに自分の名前が載る必要がある、というわけだ。困って
、以前離婚の時に世話になった弁護士を頼った。彼はちゃっちゃと仕事を
し、裁判所に申し立てれば、相続放棄の限界3か月までは、自分の名前を
答弁書に乗せる必要はない、と言ってくれた。その手続きが終わって
やれやれ、という所だ。ちなみに、その2000万の内訳は、父が1800万、
兄と母が100万ずつ、という兄にとってどこまでも勝手なものだった。
なんだ100万の話か、と安心したが、弁護士によれば、相手は取りやすい
ところから取るので、最悪2000万円の請求がうちに来るという話だった。
ちなみに遺言書が公開され、母は全てをを兄と父に残して、自分には一銭
も残さなかった。これから兄弟仲良く、という一言で遺言書を終わらせて
いた。兄弟仲良く。良く言えたもんだと思ったが、それがあの母親というもの
だと思った。しみじみと母親にはまったく愛されていなかった事を痛感した事件
だった。遺留分の額はいくらかを調べるべく、母親の銀行に預金額
の問い合わせを弁護士を通じて行った。続く。
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