主人公、日崎八尋は、軍需工場の飯場で働いています。周りは朝鮮人労働者ばかりです。監督は伊藤。娘の京子は飯場の賄いを自発的に引き受けています。金田少佐が統括長です、金田も伊藤も朝鮮出身の朝鮮人でした。日崎も朝鮮人の振りをしていますが、実は日崎はアイヌの流れを汲む日本人の特高警察官でした。日崎は上司の能代慎平に命じられて潜入しています。先に脱走して逮捕された脱走犯が、ついに逃走経路を明かさなかったのです。その調査が日崎の役目です。 そこに現れたのが、通称拷問王、三影です。三影は、日崎の正体を知りながら、日崎を痛めつけます。三影は日崎がアイヌ系である事が気に入らないのでした。その傷をいたわりながら、労働者のヨンチュンが接近して来ます。そして、彼は日崎に一緒に脱走しようと持ちかけます。当然日崎はヨンチュンを売り、ヨンチュンは逮捕されます。深い恨みを買った日崎でした。 舞台はガダルカナル島に変わります。その男-スルクはアイヌ人です。徴兵されてこの地に送り込まれましたが、彼らが直面したものは銃弾ではなく、疾病と飢餓でした。敵襲に会い、もう一人の兵隊をかついで逃げたスルクでしたが。。。。 再び場面は転換します。スルクは室蘭に居て女と寝ています。スルクの心には、ガ島で日本軍に受けた仕打ちに対する深い恨みが宿っています。女はスルクにとある秘密を打ち明けます。 場面はまた転換します。美人芸者の菊乃は、金田少佐と飲み歩いています。お供はあの伊藤でした。終戦間近、世間には全く物資が枯渇していますが、彼らの回りには酒も食べ物も豊富に存在します。最重要軍事拠点のひとつであった室蘭には、軍隊と工場周辺にだけ豊富な物資が存在し、米軍の空襲もまだ来ていなかった事から、彼らはのんびり遊んでいました。金田は馴染みの菊乃に、恐ろしい秘密兵器の事をべらべらしゃべってしまいます。ところが金田と伊藤は殺され、菊乃は失踪してしまいます。 日崎は札幌の従兄の家に寄宿しています。特高刑事として、密告の調査や、密造酒の摘発を行っています。今日の任務は、ロシアのスパイの調査でした。内務省はドゥバーブと呼ばれるそのスパイの行方を追っています。ある日、日崎は御子柴中尉ら憲兵達に拉致されようとしかかります。それを三影が阻止します。彼らは殺された金田と伊藤の件に日崎が関わっていると疑っているのです。そこへ能代が現れ、日崎を救います。そして何故日崎が狙われているのかを説明します。殺人事件に毒が使われ、その毒が、日崎の父親の作ったものだったと言うのでした。 日崎は、父の助手だった畔木利市とその妻、緋紗子の事を思い出します。しかし利市は戦死した筈でした。日崎は殺人事件の捜査の為、三影たちと共に室蘭に向かいます。ついた室蘭で日崎たちは、捜査報告を受けます。二人の死体の近くには血文字で、「ワガナハスルク ワガイカリヲシレ」とあったのでした。スルクという名にも、失踪した芸者の顔写真にも心当たりがあった日崎でした。そして能代は言います。憲兵達は何かを隠していると。 室蘭を捜査中の日崎は工場周辺で突然死体を発見します。その近くには再び血文字があり、「カンナカムイニムラガルトリドモヲカリツクス」と書かれていました。日崎は憲兵たちに追い払われます。憲兵たちは、死人の事も、血文字の事もみな隠蔽します。手がかりを求めて、かつて住んでいたアイヌの村に行った日崎は、そこで旧知の古老に会います。古老は意外な事を日崎に告げます。 日崎は三影に逮捕されます。日崎の家から例の毒が発見されたと言うのです。三影によって拷問され、死を目前にした日崎はやってもいない殺人を自白して一命をとりとめます。 後日この事が、とある会議で報告されます。梟と呼ばれる男が報告します。上座の鷲が、頷きます。四十雀と呼ばれる男が真犯人について糺します。まだ犯人は見つかっていません。朱鷺と呼ばれる男は沈思しています。以前はこのメンバーに鵲と呼ばれる金田少佐と雉と呼ばれる設楽も居たのですが、殺害されています。みな不安に怯えています。 この頃ドイツが無条件降伏します。日崎は裁判を受け、無期懲役の判決を受けて網走刑務所に収監されます。日崎逮捕の少し前、三影は室蘭の軍需工場に呼び出されます。そこには工場長の東堂中将が待っていました。東堂は部下の御子柴を三影に引き合わせます。殺人事件を協力して解決しろ、と命じるのです。御子柴は、目障りな日崎の自宅を捜索してみろ、と三影に言ったのです。 三影は苛立っています。彼は日崎が冤罪である事を良く知っていたものの、アイヌ差別の観点から日崎を逮捕しました。しかし殺人事件については何の謎も解かれてはいなかったからでした。三影は日崎の従兄を訪ね、彼が日崎の部屋に毒を仕込んだ事を突き止めます。三影はどこか不満げです。その三影を能代が訪ねます。また室蘭で殺人があった。というのです。桑田という男が殺され、また血文字で「ノコリハサンバダ」とあったのでした。能代は三影に、自分と組んで真相を突き止めよう、と持ちかけます。 日崎は網走刑務所に収監されます。同房にはあのヨンチュンと、特高を嫌う元ヤクザ、頭がおかしいカミサマと言われる人物でした。日崎はさんざんにいたぶられます。すさまじいいじめに会いますが、ヨンチュンだけは加担しません。弱いものいじめは性に合わない、と言うのです。日崎は毎日脱獄を企てています。便所の床を堀りますが、その下にはコンクリートの床がありました。しかし日崎には勝算があります。網走監獄は慢性的な人手不足に悩まされていたのでした。 ある時日崎はヨンチュンに持ちかけます。一緒に脱走しようと。そして京子の父親が殺されたこと、自分が冤罪で捕まったことを説明します。ヨンチュンは逡巡しながらも、京子に会いたさに脱獄を承諾します。 三影は室蘭の軍需工場の秘密を探ります。ある時、工場内の情報を三影のスパイの新聞記者が手に入れて来ます。それには、殺された金田、設楽、桑田が工場事務の同じ第二課で働いていた事が記されていました。三影はこの課の事を調べにかかります。 日崎はいよいよ脱獄の日を迎えます。その日、看守が日崎の房を見回ると、一人囚人が足りず、他の三人は縛られて転がされていました。しかも便所の回りが土だらけです。大慌てで看守が房内に入ると、日崎に締め落とされます。日崎とヨンチュンは脱走します。しかし二人は追手に発見され、漸く塀までたどりついたものの、制止されます。そこからは逃げられない、と断言します。そこにいたのは。。。。。 その男はかのロシアのスパイ、ドゥバーブでした。彼の指図によって首尾よく脱走に成功し、筏で逃走します。筏の上でドゥバーブは興味深い話をします。共産主義とスターリンの現実について語り、結局は、共産主義も帝国主義もやっている事は同じだ、と喝破します。そして、日本もロシアも、すべての国家はまやかし、共同幻想だ、と言います。国も民族も宗教もみなまやかしだと言い、アイヌの生き方を称賛します。アイヌには国家も、宗教も、民族もなかったからでした。アイヌには敵も味方もいなかったのです。アイヌだけが持つ豊さがあったのでした。ここらは大変啓発的です。この部分のために本書を買い求める価値があるシーンです。 三影はついに工場での第二課の役割をつきとめかかります。彼らの仕事は秘密の新兵器の開発だった模様です。そしてそれこそが、カンナカムイという暗号名で呼ばれ、スルクの目当てでもあったものなのでした。 日崎は、逃亡の果てに、ついに元暮らしていた村にたどりつきます。そこでアイヌの長老に巡り合い、一息つきます。すると、長老は日崎に一通の手紙を渡します。スルクから預かった、と言うのです。それには。。。。そして日崎は、スルクを止めようと室蘭に向かうのです。 三影と能代は、ついに緋紗子を発見します。そして緋紗子が明かしたスルクの目的とは。。。。。アメリカ軍の空襲の迫る中、事態はいよいよ最終局面に到達しますが。。。。 いやいや。なかなか迫真のミステリでした。多少論旨が破綻気味ですが、衝撃的な事実を下敷きにしてうまくまとめたと思います。惜しむらくは、三影の人物構成でした。彼については大量の書き込みがなされているのですが、いまひとつ人物に深みが出ていません。悪役のはずなのにあまり悪役っぽくない。もう少しあくを強くして欲しかった。 あと、エンディングはあんまりでしたね。ここまで事実を積み重ねてやっと終末までたどりついたのに、このぶった切ったような終わりはだいぶ寂しい終わり方ではなかったかと思いました。もうひとひねりあっても良かったような気はします。とまれ、日本製のミステリとしては大層よくできています。おすすめです。
by rodolfo1
| 2019-04-10 02:14
| 小説
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