【第一章 おわりの家】わたしのしあわせは、いつだって誰かにミソをつけられる。美保理は泣き出しそうになるのを堪えていました。美保理は、自分達の理髪店の開店準備の最中でした。しかし義弟が夫婦喧嘩をして義弟は怪我を負い、鋏を握れなくなりました。手前勝手な義父は、忙しいから実家の床屋を手伝いに来いと言い、譲は出かけていきました。本来実家の店は長男の譲が継ぐ事になっていましたが、突然帰って来た義弟に跡を継がせると勝手に義父が決め、譲と美保理は実家を追い出されたのでした。 美保理と譲の理髪店は新興住宅地のうつくしが丘に建っていました。ここは譲の思い出の街でした。小さい頃一時期ここで暮らし、仲の良い友達も出来、譲は大変楽しかったのでした。この家には巨大な枇杷の木がありました。リフォーム業者は不吉な木だから切りましょうか?と提案しましたが、譲は自分は枇杷が大好きだからと切らせませんでした。自分の不運はこの木のせいではないかと思い込んだ美保理は自分で木を切り倒そうとしましたが、大きな木は到底切れませんでした。 そこを隣の老女荒木信子に見つかりました。信子は、この枇杷の木には大変世話になっていると言い、美保理にその枇杷の葉で作った枇杷茶とお菓子を振る舞いました。夫とは21年前に死別し、一人暮らしでした。しかし枇杷は不吉な木だと聞いたと美保理が言い、それは全くの迷信で、枇杷はその葉も実も、みな役に立つ一種の薬なのだと信子は否定しました。 美保理は思わず、わたしはいつも完璧な幸せを手に入れられないと独りごちました。近所のおせっかいなおばさんに、この家は不幸の家で、今まで住んだ何人もの家族が不幸になっていると揶揄されたのでした。信子はそれを否定しました。やっと帰宅した譲は驚くべき事を口にし、喜んだ美保理はそれを信子に告げようと訪問しましたが。。。 【第二章 ままごとの家】優秀な専業主婦であった義母の良枝は多賀子の夫の義明の自慢でした。義明はいつも多賀子の家事に批判的でした。多賀子の長男雄飛は、高校三年生の大学受験期に反抗期を迎え、学校でも問題を起こしていました。そんな中、近所の主婦に、義明が別の女としばしば一緒にいる写真を見せられました。地域で既に噂になっていました。多賀子達はうつくしが丘の一軒家に住んでいました。しかし住宅ローンは重く、通勤通学に不便でした。 義明が多賀子に話があると言います。雄飛の彼女樹利亜が妊娠したと言うのでした。義明は樹利亜と孫を同居させ、雄飛は大学に進学させると言いました。相談でもなんでもなく、事後承諾を求められただけでした。思わず抵抗した多賀子でしたが、義明は、お前に任せた長女の小春は家出して行方不明だ、お前には子育てに口を出す権利はない、と言い放ち、雄飛は多賀子に地団駄を踏んで暴れました。。。 何をする気もなくなった多賀子は、元小春の部屋に入り、押し入れに籠りました。そこには子供のいたずら書きで、おんなのおはか→じごくいき、と書いてありました。他にゆうえんち、おしろのバルコニー、シンデレラのかいだんなどとあちこちに書いてありました。しかし小春が家出して以後、何かに躓くたび、ここに入り込むようになりました。今お墓に入っていると思うと、荒れる感情が落ち着いたのでした。しかし突然ゆすぶり起こされました。あの小春が突然戻って来たのでした。雄飛の妊娠話を聞きつけたと言いました。 何故義明が一方的に雄飛の話を決めたのかと小春は聞き、夫は浮気していると多賀子は答えました。小春はこの家のせいだと断言しました。みんな家に居る時間が減り、距離が出来て一人の時間ばかりが増えたと言いました。そして小春は樹利亜と浮気相手に会いに行こうと言いました。実際会った樹利亜は意外に堅実で、雄飛とは別れると言い。。。小春はそこに来ていた雄飛に説教しました。。。小春と多賀子は家族会議に臨み、そこに雄飛と樹利亜も現れました。。。会議は意外な方向に。。。実は多賀子の家とは。。。 【第三章 さなぎの家】叶枝は自分の人生をどこで間違ったのだろうとひとりごちていました。やっと見つけた就職先ではさんざんに虐められていました。紫と娘の響子と叶枝は住む所が無くなって弱っていた所を、元同級生の蝶子に拾われ、空いていた蝶子のうつくしが丘の持ち家に居候させてもらっていたのでした。叶枝は東京のキャバクラで働いていましたが、諦めて地元に帰って来たのでした。紫はデキ婚をした元同級生の秀仁と離婚し、響子一人を連れてやはり地元に帰って来たのでした。 小学2年生の響子は、家事や料理を巧みにこなしました。何故か1人も友達はいませんでした。叶枝は実母の清子に粗略に扱われていました。夫の連れ子の美人の加奈子に比べられ、美しくなければ価値がないと思い知った叶枝でした。学校に響子を迎えに行った叶枝は愚痴をこぼしました。相変わらず会社で虐められており、それは自分がニセモノだからだ、と愚痴りました。すると響子が、自分もニセモノなのか?と尋ねました父親は響子をぶさいくで何の役にも立たないと言って虐めていたのでした。 帰宅した紫に響子の嘆きの話をし、詳細を尋ねると、紫は、秀仁は、ついに男児を産めなかった自分を疎み、響子にまでDVを働いたと打ち明けました。しかも浮気相手を妊娠させ、紫達を追い出しました。秀仁の言いなりに話を呑んだのか?と叶枝は非難し、紫は激昂した所で響子が現れ、紫と叶枝は一ヶ月ほど口をきかなくなりました。しかし響子がおたふく風邪になり、仕事を休めない紫に、自分が面倒を見る、と叶枝は申し出ました。 ひたすら大人に気を遣い、独断でおしっこにも行けない響子である事に気づいた叶枝は、家をお城に見立てて、おままごとをしました。おしろのバルコニーやシンデレラのかいだんなどと家のあちこちに名前を書いていきました。ある押し入れに、おんなのおはか→じごくいき、と書き、紫が、義母の葬式の時に、結婚した女は死んでも働かなければならない、結婚した女の入るお墓は地獄行きだと言ったと言いました。そんな中、突然響子の父親、秀仁が現れました。響子を連れに来たと言うのでした。 無理やり響子を連れ出した秀仁に叶枝が追いすがり、響子を取り戻そうとしました。しかしそこに助けが現れました。。。意外にも紫は、義母に言われて秀仁のDVの模様をすべて録音していたのでした。。。 【第四章 夢喰いの家】忠清と妻の蝶子は、忠清の男性不妊を巡ってぎくしゃくし、ついに忠清は離婚届を突きつけました。体内受精から体外受精へと治療は移り、治療の度に苦しむ蝶子を見ていられなかったのでした。しかもその費用を賄う為に、痛む身体をひきずって蝶子はパートに出ていました。離婚届を見て、蝶子は家を出て行きました。ぼんやりしていた忠清は隣の家の赤ん坊の泣き声に気づきました。隣の荒木家の幸太郎はひとり息子で、孫を見せに帰宅していました。 気紛らしに散歩に出た忠清は、隣の母親信子に出会いました。家に居辛いので外に逃げていると言い、幸太郎夫婦が家に泊まるから、自分はビジネスホテルに泊まる積りだと言う信子を、家に泊まらせた忠清でした。忠清は思わず、子供が欲しいと言う夢を蝶子に押し付け、離婚に至った自分の事情を信子に打ち明け、信子は、夢とは一種の暴力だと言いました。信子はどんな夢を持っていたのかと忠清は尋ね、やはり子供だったと信子は打ち明けました。 信子は不妊症でした。しかも名家の跡継ぎだった夫に気兼ねし、ついに夫に頼み、他所の女に子供を作ってもらい、その子供を貰い受けたのでした。それが幸太郎でした。母親が去って以後、信子は決して自分の犯した罪を許せませんでした。蝶子に電話しようと外に出ると、信子を探していた幸太郎に出会いました。幸太郎も男性不妊治療を受けていました。 共通の話題を肴に2人は痛飲しました。幸太郎も治療を諦めかけましたが、妻に、チャレンジすらできなかった信子の辛さはわからないと言われ、思い直したのでした。我儘ばかりの自分など見限られて当然だと幸太郎は言い、そこに信子が割って入りました。。。信子と幸太郎は家に帰りました。忠清に一本の組紐を渡しました。信子の夫がくれたものでした。信子は自分は今日幸太郎と新たな繋がりを持った、この紐のように忠清も蝶子と新たな繋がりを作れと言いました。忠清は蝶子に電話し。。。 【第五章 しあわせの家】夫の連れ子の惣一が、食事中に歯が抜けた、と叫びました。惣一はトゥースケースを持って来てその歯を大事にしまいました。乳歯については真尋に痛い思い出がありました。父親は真尋の抜けた歯を見て、そんな汚いものは捨ててしまえと言い捨てたのでした。友達の親とは全く違う対応でした。。。そんな中、最近友達になった譲が誘いに来、惣一は喜んで出かけました。 夫の健斗が戻って来ました。運搬業の1人親方の健斗は、仕事はいい加減でバツイチ子持ちでした。健斗が真尋にプロポーズしたのは、母親が逝去し、惣一の面倒を見る女が必要だったからでした。嘘ばかりの健斗の来歴の中で、唯一真実だったのは、築浅の3階建ての大きい家を持っている、という1点だけでした。真尋はその家が大好きでした。しかしどんどん収入が減る一方の健斗にこれ以上家のローンを払うのは無理でした。そんな中一本の電話が入りました。。。 惣一を連れた真尋は、亡くなった真尋の父親大祐の家に向かいました。大祐は元の女が忘れられず、妻子を置いて出奔したのでした。どうしても真尋に会いたいと言う大祐の妻、敦子の求めに応じて訪問しました。腹違いの妹、舞子が出迎えました。舞子は真尋と会うのをとても楽しみにしていました。敦子は亡くなった真尋の母親よりもぱっとせず、家も古ぼけた中古住宅でした。敦子は真尋に謝罪しましたが、真尋は冷たくあしらいました。死ぬ間際に一度だけ会いたいという母親の願いを踏みにじった大祐を到底許せなかったのでした。。。 すると敦子が真尋に封筒を渡し、大祐から真尋に渡すように預かったと言いました。もっと話したいと言う舞子を振り切って真尋は帰宅しました。自分は大きくてきれいな家に住まないと幸せになれないと思っていたと真尋は惣一に打ち明けました。きっと大祐が出て行ったのも、その頃暮らしていた家がみすぼらしかったからだと思っていた真尋は、大祐の家を一目見に行きたかったのでした。舞子の部屋にトゥースケースがあったのを羨んだ真尋でした。しかし惣一は、家なんかただのいれものだ、とと述懐しました。今の家のせいで惣一は母親を失ったのでした。。。 健斗が家出し、真尋達は途方にくれました。困った真尋は、隣の荒木の奥さんに、惣一の母親の行方を聞きました。母親の千映は、実は惣一を連れて行きたがったのでしたが、健斗は許さず、あまつさえ養育費さえ振り込ませていたのでした。譲が先にうつくしが丘を去りました。譲は惣一に枇杷の苗をプレゼントしました。枇杷ゼリーが大好物だった惣一に枇杷を食べさせたいと思ったのでした。2人は家の庭にその枇杷を植えました。千映が現れ、てきぱきと家の後始末をつけ、惣一を引き取りました。。。ふと思いついてあの大祐の封筒を開けてみると。。。 【エピローグ】美保理の理髪店はオープンして3年経ちました。繁盛しつつあった店は、夫の譲が熱を入れるうつくしが丘祭に反対する地元民の煽りを受けて、次第に客が減っていました。妊娠していた美保理は不安な気持ちを隠せませんでしたが、譲は祭りに賛同する地元の大物に相談役についてもらい、前途は洋々だと意気込みました。これからここで産まれてくる子供たちに、ひとつでも多くのしあわせな思い出を掴んで欲しいと言う譲の一言が大物を動かしました。そんな中、かつてここに住んでいたという男性が現れ。。。。 不幸の家、と近所が噂する一軒の家で繰り広げられた、人々が不幸と噂するその真相を描いた小説です。どのエピソードも秀逸なプロットとトリックを持ち、登場人物の造形も秀逸でした。さすがはストーリーテラーとして名を馳せる町田先生の小説ですね。後に52ヘルツのクジラたちをお書きになる要素は既にこの小説に備わっていたと思いました。
by rodolfo1
| 2021-06-28 02:26
| 小説
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