【お勢殺し】岡っ引き、回向院の茂七の元に、深川富岡橋のたもとに奇妙な屋台が出ている、という知らせがありました。なんでも稲荷寿司しか扱っていない屋台なのに、昼頃から丑三つ頃まで店を開けていると言うのでした。しかもあたりを束ねるやくざの頭目、瀬戸の勝蔵までが妙にその屋台に遠慮していたのでした。 手下の権三が現れ、30歳くらいの全裸の女の土左衛門が上がったと言いました。女は担ぎの醤油売りのお勢でした。お勢が追い回していた男は手代の音次郎でした。つりあわない身分を揶揄されると、常々お勢は、捨てられたら音次郎を道連れに死ぬだけだと言っていました。。 最後にお勢を近所の人が見たのは、お勢が行商から帰って来た夕方6時頃の事でした。音次郎は茂七の調べに応じ、確かにお勢と割りない仲になったが、所帯を持つ約束はしていなかったと言いました。あまりしつこいので最近は閉口していたとも言いました。 音次郎は店には7時には戻っていました。1時間での犯行は不可能でした。良い知恵も出ないうちに小腹が空き、例の屋台へ行ってみました。稲荷寿司と蕪汁を頼みました。どちらも大変うまかったのでした。ふと親父の姿勢や、荒い月代を見て、この親父は元武家だったなと見抜いた茂七でした。親父はすいとん好きの茂七の為に、味噌味の蕪汁にすいとんを落として出してくれました。丸い白いものが浮いているだけだから、見かけは蕪汁に見えるだろうと親父は言い、茂七は思いつきました。。。。 【白魚の日】寒い冬の日、茂七は、ほうぼうで道端で暮らす子供が増えているという問題を持ち掛けられていました。岡っ引きの旦那達は、懇意の商人達を回って金を集め、お救い小屋を建てるしかあるまいと談合しました。折柄江戸は白魚漁の季節でしたが、手下の糸吉は、白魚の目を見たら白魚は食えないと言って茂七に揶揄されていました。 そんな中、大事件が起こりました。寺裏のお稲荷さんに入り込んで、お供えをくすねて暮らしていた浮浪児達が、石見銀山入りの稲荷寿司で毒殺されたのでした。ところで茂七は例の屋台の常連になっていました。親父は料理上手で、稲荷寿司だけではなく、椀物から焼き物、煮物、甘いものまで揃えて売っていました。その日親父は白魚蒲鉾を供し、自分も白魚の目は嫌いだと言いました。しかしある女中から思っても見ない情報がもたらされ、以後茂七が白魚を食べる事はなくなりました。。。 【鰹千両】大きな鰹の切り身を相手に苦悩していた茂七は、たまたま訪ねて来た魚屋の角次郎に叩きを作ってもらいました。角次郎の困りごとは、このところ毎日作って売っている鰹の刺身を、とある大店の手代が、旦那の命令だと言って千両で全部買いに来たという物でした。そんな中、例の稲荷寿司屋の親父に勝蔵の手下が絡み、匕首を出して脅しましたが、親父は素手で手下をあっさりやっつけました。 茂七は伊勢屋に千両の話を質しました。難なく話を躱した伊勢屋でしたが、そこに出て来た伊勢屋の女将の顔を見て茂七は驚きました。角次郎の娘、おはるにそっくりだったのでした。権三は、伊勢屋の一人娘が疱瘡で最近亡くなったのだという話を聞きこんで来ました。。。 稲荷寿司屋を尋ねると、暗がりに勝蔵が立っていました。茂七は思わず親父を知っているのかと尋ねましたが、勝蔵は知らねえ、と答えました。なんで所場代を取らないのだと尋ねましたが、勝蔵は黙って姿を消しました。翌日茂七は角次郎を尋ね、娘のおはるの事を尋ねました。実はおはるは。。。茂七は伊勢屋を訪れ、実に粋なはからいをするのでした。。。 【太郎柿 次郎柿】茂七はかみさんから霊感坊主の話を聞きました。上総屋では、その頃鬼火が飛び交い大騒ぎでした。あちこちに相談を持ち掛けていましたが、日道さまという10歳くらいの霊感があるという子供に行き当たりました。3歳の頃から様々な予言を繰り返し、妙にそれが当たるのでした。。実は雑穀問屋の三好屋の倅でした。 折柄権三が注進に現れました。船宿楊柳で人が殺されたと言いました。しかも下手人は犯行を自白し、船宿で茂七を待っていたのでした。死んだのは小間物問屋の手代清次郎でした。犯人は清次郎の兄で百姓の朝太郎でした。そこに驚いた事にあの上総屋の娘おりんが現れ、茂七が驚いた隙をついて朝太郎は身投げして死にました。兄弟でなけりゃよかったのに、と言い残しました。実はおりんと清次郎はこの秋見合いをする筈でした。その前に2人は出来ていたのでした。実は朝太郎は凶作に悩み、金を借りに来たのでした。口減らしに江戸に遣られた清次郎は実家の兄を恨んでいました。。。 茂七は楊柳が厄払いに日道を呼んだと聞いて出張りました。しかし日道は、座敷に強い憎しみが漂っていたと言いました。手下に日道がしくじった事があればそれを調べておけと指示しました。稲荷寿司屋を尋ねるとまた勝蔵が居ました。血は汚ねえ、と言い残して勝蔵は去り、兄弟か?と茂七は訝りました。。。 【凍る月】茂七の家を、河内屋の松太郎が訪れました。少し前に到来物の新巻鮭が無くなったと言って寄越しましたが、今度は奉公人が逐電したと言いました。さとという娘が、先の鮭はわたしが盗みましたと告白し、姿を消したのでした。しかし松太郎はおさとを庇う様子でした。河内屋で茂七が聞き込みをすると、奉公人の誰もが鮭の事など気にしていないと言いました。事件をほったらかしにしていた茂七でしたが、あの日道が河内屋に日々日参して拝んでいると言う噂を聞きつけたのでした。 日道はおさと探しを頼まれたのでした。しかし日道は、おさとはもう死んでいる、と告げたのでした。しかし松太郎はげっそりやつれていました。実は松太郎が手代頭だった頃、おさとと好き合っていました。しかし松太郎が入り婿する事になり、2人は諦めたのでした。茂七は日道に話を聞こうと三好屋を訪れましたが、三好屋から出て来たのはあの稲荷寿司屋の親父だったのでした。。。 夜、稲荷寿司屋を訪れると、親父は焼いた鮭を出しました。そして親父は、親分はこの用事で河内屋を尋ねたのだろう、日道から話を聞いたと言いました。そして親父は、おさとはまだ生きていると突然言いました。親父に河内屋の様子を聞きに来たのでした。実はおさとは。。。 【遺恨の桜】霊感坊主の日道が、やくざ者に襲われて大怪我を負いました。どうも日道の話になると茂七は腹が煮えてたまりませんでした。権三に、親分はあの小さい拝み屋さんが哀れだと思っているから腹が立つのだと指摘されました。茂七は日道に会いに三好屋に出向きました。しかし三好屋はお上に暴行を訴え出てはいませんでした。それは今拝んでいる相生屋が自分の頼みが露見しては困る為に口止めしたのでした。素行が悪くて家を出された長男が、たまたま病みついていた家を継いだ次男を恨み、呪ってくれという依頼だったのでした。。。 そんな中、情報がもたらされました。日道に、消えた恋人清一を探してもらったお夏でした。日道は、清一はもう死んでいて、深川のどこかの家のしだれ桜の根元に埋められていると言うのでした。しかしお夏はあちこちを探し、ついにその家を見つけました。角田七右衛門の屋敷でした。しかし角田は金を投げつけてお夏を追い払い、お夏は日道さまに見てもらったから清一がここに埋められているのを自分は知っている、と角田に言ったのでした。。。 茂七が角田家を訪れると、娘の結納の日でした。現れた角田は、茂七の話をせせら笑いますが、日道が襲われた話をすると態度が変わりました。茂七は角田家を見張るよう手下に言いつけました。稲荷寿司屋を訪問すると、親父は、あの三好屋の親父は元岡っ引きの手下だったと言いました。おそらく日道の霊視は、みな三好屋が調べて来た事だろうと言うのでした。。。 茂七は日道に会いに行きました。そして日道に、もう何も見えなくなったと言って霊視をやめれば良いと助言しましたが、日道は時々本当に見える事もあるし、自分を頼りにして来ている人をがっかりさせられないと言うのでした。そして日道は、実は清一の話は彼が大怪我をした所まで見えて、死んだというのは三好屋の捏造だと言いました。そしてあの屋台の親父の隠している事を親分に教えてやろうと言いました。あの親父は、とても会いたい誰かを探しているからあそこに屋台を出しているのだと言うのでした。 茂七の手下は角田の屋敷に確かに清一が入って行くのを見たと言う話を聞きこんで来ました。そう言えば角田家を訪問した折に、膏薬の匂いがしたのを思い出しました。ついに茂七は清一を。。。 【糸吉の恋】茂七には権三以外に湯屋で働く糸吉という若い手下がいました。その糸吉が恋をしたのでした。糸吉は花が好きで、いつも焚きつけを貰いに行く店の近くにある今元長屋後に出来た菜の花畑を見るのが楽しみでした。その畑に佇む娘に惚れたのでした。 毎日娘に会いに菜の花畑に通った糸吉でしたが、ある日ついに娘を見つけました。娘はぽろぽろ泣いていました。娘は蕎麦屋のおときでした。近所の人は、おときはには何かがあって、すっかりしおれてしまったと言いました。自分は茂七親分の手伝いをしている者だ、相談に乗る、と言い、おときは、あの菜の花畑には親の手で殺された小さな赤ん坊が埋められている。それを誰もまともに受け取ってくれないので悲しくて仕方がないと言いました。。。 しかしその話を茂七にすると、茂七に怒鳴られました。娘の言う事を真に受けてどうするのだと言うのでした。しかし糸吉は引き下がりませんでした。おときによれば赤ん坊の両親はあの畑の場所にあった今元長屋に住んでいた竹蔵とおしんでした。母親に殺され、父親に住まいの床下に埋められたと言うのでした。おしんはおときの蕎麦屋で働いていました。子供の事情をおときの両親に打ち明けていたのを聞いていたのでした。しかし茂七は相手にしませんでした。思わず親分は人でなしだ、と罵った糸吉でした。しかし権三が宥めに入りました。確かめたければ日道に見てもらえば良いと言いました。 現れた日道は、赤ん坊を殺したと思っている人を見たと言い、親分のするようにしたが良いと糸吉に告げて去りました。しかし糸吉はあの稲荷寿司屋に相談してみようと丑三つ時に出掛けてみると、稲荷寿司屋で飲んでいたのはひどく酔った勝蔵でした。 親父に赤ん坊の話をすると、親父は、糸吉さんはおときさんに惚れているね、と見抜きました。そして親が子を殺す事も捨てる事もあるだろうと言いました。思わず糸吉が、自分も捨て子だと打ち明けると、親父は、実は自分も一度捨てた子を探しているのだといいました。そして、おときのふた親に会え、と言いました。ふた親に会った糸吉にふた親が話したのは。。。 【寿の毒】正月早々権三が事件を持ち込みました。駆け出しの料理屋堀仙で食事をしたうちの1人が死に、数人が具合を悪くしたと言うのでした。死んだのは辻屋の主人彦助の元女房のおきちでした。茂七はおきちの現亭主、勘兵衛に会いました。実はおきちは気の病で、いつも体調不良を訴え、その原因は彦助への未練だったと言いました。 古参の検死同心は、死因は毒物だと言いました。おそらく福寿草だと言うのでした。調べは進み、おきちは彦助の今の嫁を追い出して、自分が後釜に座りたがっていたと知れました。茂七は稲荷寿司屋を訪れ、当日の堀仙の献立を再現してくれと頼みました。茂七達はその料理を平らげましたが、あまりに料理が脂っこく、みな残してしまいました。結局はこういう事だったのだと茂七は言いました。。。 【鬼は外】節分に茂七の所を訪れたのは、松井屋の娘お金と夫徳次郎でした。お金には喜八郎という兄とその嫁お律がおり、喜八郎達は小間物屋を営んでいましたが、喜八郎が病気で死に、お律はそれ以後気の病になり、店や子供の世話も全く出来なくなりました。困ったお金はお律を実家に帰したのでしたが、小間物屋が回っていかず、仕方なく他所へ出していた喜八郎の双子の兄、寿八郎を呼び戻す事にしたのでした。 しかしお金は、帰って来たのは寿八郎ではない別人で、喜八郎の身代を乗っ取ろうとしているのだといきり立ちました。茂七に、その寿八郎に会って真贋を確かめてもらいたいというのが依頼の筋でした。困った茂七はまた稲荷寿司屋を訪れました。そこには杯を載せた空席が一つあり、聞いてみると、あちこちから追い払われた鬼の為の席だと言いました。嬉しくなった茂七はさんざん飲み食いし、二日酔いの頭を抱えていた翌日、その寿八郎が訪れました。 寿八郎は、自分は妻子と幸せに暮らしており、お金が言うように妻子を残して身一つで実家に戻る事は出来ないと言いました。本来話を断っていた寿八郎に、ある日お金が掌を返したように偽物だと言い出したと言うのでした。寿八郎は進退窮まりました。実家から去ればそれみたことかと指弾されるのでした。仕方なく実家に居続けましたが、針の筵でした。茂七に会ったのを機会に、妻子の元に戻ろうと思う、と言いながら、松井屋の親戚が、養父母の事まで詐欺師扱いをするのには肝が焼けると漏らしました。 実は自分が寿八郎である事を証拠立てる人が一人だけいる、と寿八郎は言いました。それは父方の叔母、お末でした。姉弟のように暮らしていた2人でしたが、たまたま松井屋の近くで火事が起こり、隣の糸問屋が丸焼けになり、寿八郎が親しくしていた娘のおるいはそれきり行方不明になりました。点け火ではないかという噂が立ちましたが、証拠は挙がりませんでした。 火事が起こる少し前、寿八郎はお末が何かを袂に隠して真っ青になって家に戻った所に行き会いました。その後、お末は自分をその時見た事を寿八郎に固く口止めしましたのでした。今は痘瘡を患って出来た顔の痘痕を恥じて夫の久一と引きこもっているらしいが、お末ならこの話をすれば自分の身の証を立ててくれると寿八郎は言いました。しかし茂七は賛成せず、自分がお末に会いに行こうと言いました。 糸吉にお末の家を調べさせました。しかしお末の顔を見て来た糸吉は、お末の顔に痘痕など無かったと言いました。茂七は、この頃知り合った似顔絵が得意なお花に糸吉の見たお末の似顔絵を描かせ、ついでに30年前のお末の絵も描かせました。それを徳次郎に見せると徳次郎は意外な事を言い、茂七は久一を呼び出しました。。。 私は宮部先生の江戸物が大好きです。気の利いたトリックがあちこちにちりばめられ、勝蔵と稲荷寿司屋の親父といった魅力的な脇役が物語を盛り立てます。しみじみとしたものの哀れを感じさせる所は、あの名作シリーズ、三島屋変調百物語も一目置く出来映えではないかと思いました。
by rodolfo1
| 2021-07-06 02:01
| 小説
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