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カテゴリ:小説( 261 )

山本周五郎作「さぶ」を読みました。

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山本周五郎作「さぶ」を読みました。

表具屋芳古堂に勤めていた愚鈍なさぶは、事あるごとに苛められ、今度も耐えきれずに泣きながら故郷の葛西に帰ろうと逃げ出します。それを追ってくるのが朋輩の栄二でした。栄二は、さぶをなだめて、自分も銭箱から小銭を盗んだ事を咎められたけれども、どこにも帰るところが無かった為に恥をこらえて居残った、と告白します。

なだめられたさぶは栄二と店に帰ろうとしますが、雨が激しく降ってきます。そこにおのぶが現れます。自分は近くのすみよしに姉が勤めているから自分の傘をさしていけ、と言います。栄二とさぶは断ります。

栄二とさぶは初めて外に酒を飲みに行きます。栄二は腕を認められてもう屏風を任せられていますが、さぶは相変わらず糊造りのままでした。すみよしという飲み屋に行き当たり、入ります。現れたのはあのおのぶでした。

栄二は上得意の両替商、綿文に13歳の頃から出入りしており、おきみ、おその姉妹とも幼なじみのようにして育ち、何かと言えば一緒に遊びました。

綿文には中働きのおすえがいました。栄二とおすえは合惚れです。しかしおそのは男前の栄二に岡惚れしています。栄二とおそのが一緒になるのではないかと世間は噂していました。

その時女衒の六が栄二達に絡みます。おのぶから手を引けと言います。栄二はあっさり六たちをやっつけます。おのぶの家族に頼まれておのぶを女郎屋に売ろうと言うのでした。

突然栄二は綿文への出入りを止められます。高額な古金襴の切を盗んだと言うのでした。全く思い当たる事のない栄二は綿文に乗り込みますが追い出され、岡っ引きに暴行されます。与力の青木は事情を聞こうとしますが、栄二は何も説明しません。

栄二は無宿者として人足寄場に送られます。胸の中は煮えくりかえっていました。綿文と芳古堂、自分を痛めつけた連中を皆殺しにする、と誓います。

栄二は寄場で人足たちの身の上話を聞きます。ここに集められた者達は、多くが、一生ここで暮らしたい、と言います。皆世間でひどい目に合っていました。ここでは生活の心配がありませんでした。栄二は女衒の六を見つけます。

散々六をやっつけますが、差配役の松田には何も弁解しません。皆に一目置かれるようになる栄二でした。しかし寄場役人の岡安は、忍耐が大事だ、という講話を栄二に聞かせます。誰かから気遣われていることに栄二は気づきますが、それが誰かはわかりませんでした。

さぶが栄二を見つけて訪ねてきますが、栄二は会いません。しかし寄場では次第に心を開き、口を聞きあう人足達が出来ます。栄二はこぶの清七という男と知り合います。単なる暴れ者と思われたこぶは、話してみれば気の小さい良い男でした。清七の話は、栄二に見た目では物事はわからないという事を教えます。

栄二の元をおすえが訪ねてきます。さぶは脚気で葛西で療養しているので自分が来たと言います。おもわず本心を吐露する栄二でした。

折柄、寄場を大嵐が襲います。人足小屋は倒壊し、栄二達は避難します。寄場奉行は皆を召し放つと言いますが、栄二は皆を止めます。寄場のお仕着せを着て上陸すれば、島抜けと見られて殺される、と考えたのでした。病人と女のみを逃し、栄二達は寄場に止まります。のちに寄場奉行にその判断を賞賛されます。

相変わらずおすえに会おうとしない栄二でしたが、おのぶが訪ねてきます。そして、さぶが暇を出された、と告げます。自分のせいだ、さぶが自分の事に関わり会っていたのがばれたのだと栄二は思います。おのぶは栄二を苦労知らずだ、と言います。そして、自分本位な仕返しをする事よりも、自分の身近に居る大事な者達の事を考えろと諭します。おのぶの言葉が頭から離れない栄二でした。

奉行から褒めてもらった際に、岡安は栄二に語ります。今この風に、もくせいの花が香っている、お前は気がつかなくとも心を鎮めればお前にもわかると。そして運不運についてある話をします。

護岸修理の際、事故が起こります。栄二は生き埋めになって死にかかります。おもわずさぶに助けを求めます。栄二は足を骨折しますが、なんとかみんなに助けてもらえました。栄二はみなに大事にされていた事に深く感銘しました。

やっと回復した栄二は、折から訪ねてきたさぶにやっと会います。さぶは障害が残る、という栄二の怪我に涙を流します。

暇に明かせて栄二は手習いを始めます。寄場人足も何人か希望して一緒に手習いをします。それについても人情の機微といったものに触れる栄二でした。

もう寄場の暮らしも400日を超えます。寄場のみんなは大した厄介をかけた。何か恩返しをしなくては娑婆に出られない、と思い定める栄二でした。その頃、寄場に新しい無宿者が入ります。義一とりゅうでした。二人はやくざ者です。仕事もしませんし、何かと言えば賭博をしようと誘います。栄二を始めから敵視しています。

人足たちは義一と賭博を始めます。義一は役人に賄賂を贈り、賭場の見張りをさせたりします。次第に義一と栄二の対立は深まります。

栄二はなぜ自分などにみんながそんなに気をつかうのかわからない、と言いますが、さぶは栄二を心配する深いわけなどない。人間てものは自分でもわからないようなことをするのだと言います。栄二だって昔逃げようとしたさぶを引き留めたろうと。そしてここを出よう、義一は危険だ。一生に一度くらいは人の言う事を聞くものだ、と栄二を諭します。

そんな中、りゅうがいきなり栄二の足を払います。横ざまに転倒した栄二は義一に嘲られ、思わず義一を殴りつけます。義一は血まみれになります。りゅうは匕首を抜いて襲いかかりますが、栄二はりゅうをも撃退します。

栄二は賭博の事も役人の賄賂の事も一言も漏らしませんでした。岡安は栄二と話します。義一らの事は、賄賂の件も含めてみなわかっていたし、今まで同じことは何度もあったと言います。納得がいかないなら、自分の事を考えて見ろと栄二に言います。ここに初めて来た頃、栄二がどういう態度を取ってそれに岡安らや松田や人足達がどうしたかを考えろと言います。

寄場奉行はその話を聞いて大いに怒ります。大牢入りを申し付けられようとしますが、同心たちは強く栄二を弁護します。

別れの時が近づきます。世話になった老人足は、栄二は今まで一人ぼっちであったことは無かったし、これからも無い、自分らに世話になったと思うなら、身近な人たちの事を忘れてはだめだと諭します。能のある一人の人を生かすには能のない何十人と言う人が目に見えない力を貸しているのだと言います。もうすぐ獄に送られる栄二はさぶの事を強く思います。もう一度会いたかったと。

北町奉行の仮牢に入れられた栄二は、大した吟味もなく、ある日与力の青木に呼び出されてこう告げられます。家主源介とさぶがいっしょに来て栄二を引き取りたいと願い出た、帰宅してよいと。

何のお咎めもないのはおかしいという栄二に、寄場の人足たち百余人から栄二を放免するよう嘆願書が出ている、と青木は言います。一晩考える栄二でしたが、もう復讐する気持ちは冷えてしまっていました。放免を願い出る栄二でした。

引き取りに来たのはさぶとおすえでした。一緒にすみよしに行き、祝います。下谷に家を構えます。さぶと栄二は一緒に仕事をするのでした。

さぶの住まいの長屋にはおせいという浪人の娘が居て、さぶと馴染んでいました。おせいは父親を針仕事で養っていました。いいかみさんになりそうだ、と栄二は安心します。

栄二とおすえはあっさりした祝言を挙げます。寄場の休みの日を選んだので、寄場から何人かが参加します。仲人も立てません。さぶがいるから良い、と言います。

仕事はやはりうまく行きません。次第に三人は困窮し、昔の旦那の言った「女房を働かせるようではおしまいだ」という言葉が頭をよぎります。栄二はすみよしに来ました。金は無い、と言いましたがおのぶは店に上げます。

するとおのぶはとある客を連れてきます。さぬき屋と名乗る客は、襖替えの仕事を頼みに江戸に来たが、どこの表具屋でも断られます。しかも注文は大変難しいものでした。思っていた金額の三倍もすると言います。

さぬき屋から前金をもらってその仕事を受けた栄二はおのぶと話します。おのぶは栄二をたしなめます。女房に稼がせるという気持ちは、栄二が繁盛したとき、栄二の働きでみなを養ってやる、と思う事だと言います。そうではないと。

栄二の働きの陰には何人もの人の助けがあるのだと、今に栄二の店が繁盛すれば、おすえは一家の切り盛りなどで更に忙しく働くことになるのだと言います。得心した栄二でありました。

さぶは、葛西の母親が明日をも知れない命なので看取りに帰りたいと言います。材料が揃ったらすぐに江戸を出るからさぶを待たない、と言い、栄二はさぶを葛西に帰します。

さぶが発って8日目の夜、明日発つ、と栄二は言います。糊の具合を確かめようと壺を開けると、そこにさぶが書きつけた驚きの文章がありました。嘆く栄二におすえが驚きの事実を告げるのでした。

もともとは先に読んだ「図書館の神様」で図書部顧問の清が、唯一の部員にこの小説について意見を求められて困惑し、初めてこの小説を読んで大変良かった、とあったので読んでみました。この名作をどうも読んでいなかったらしいことに大変驚きました。

現代は良い時代です。キンドルで100円で読めます。読んだ事の無い方は必読です。運と不運、虐げられた人の心持ちと思いもかけぬ人情についてゆくりなく描かれています。名作は決して色褪せないものでありました。


















by rodolfo1 | 2019-06-24 07:09 | 小説 | Comments(0)

瀬尾まいこ作「幸福な食卓」を読みました。

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瀬尾まいこ作「幸福な食卓」を読みました。

第一章、幸福な朝食。父さんは今日で父さんを辞めようと思う、と朝食の席で父さんが言いました。佐和子の家にはお母さんがいません。出て行ってしまったのでした。妹の佐和子と兄の直ちゃんは理由を聞くと、今の状況では無理がある、父さんのままでは支障を来す気がする、と言います。中学教師の仕事も辞める、と言いました。直ちゃんは肯定的です。

佐和子は母さんの家に行きます。母さんは父さんが父さんを辞める話をもう知っていました。離れていても父さんは我が家の事を母さんに報告しています。母さんは和菓子屋と鍼灸院で働いています。家を出てはいてもしょっちゅう食事を作りに来たり掃除をして帰ったりしていました。

直ちゃんは天才肌の少年でした。勉強も学校一番、運動も出来ました。なのに大学には進学しない、と宣言し、農業に従事しています。勉強や運動には充実感を覚えないと言うのでした。父さんが帰って来ます。散歩のついでに買ってきた、と言ってフランスパンと桜餅を出し、これが今晩の夕食だ、と言います。佐和子たちはちょっとわくわくしました。

父さんは大学の薬学部を目指す、と宣言し、受験勉強を始めます。佐和子は給食の鯖に困っています。鯖が嫌いだったのでした。いつも友達の板戸君に食べてもらっていました。

佐和子は梅雨が嫌いでした。この季節はいつも体調を壊します。5年前の梅雨の時期に父さんが自殺未遂をしたのでした。母さんは父さんの傍で茫然としていました。佐和子が救急車を呼び、事なきを得ます。家にいた直ちゃんは父さんの遺書を読んでいました。以後母さんは心の病気になり、ついに克服できず、別居したのでした。

折柄、板戸君が転校します。彼の家庭は崩壊家庭だそうです。最後に佐和子が会いに行くと、板戸君は、実は鯖が大嫌いだったと打ち明けます。佐和子は気づかないところでいろいろ守られていたのでした。佐和子は泣きそうになりました。

第二章、バイブル。直ちゃんはまた彼女にふられました。なんでふられるのか佐和子にはさっぱりわかりません。父さんは予備校でバイトを始めました。最初の受験を失敗していたのでした。佐和子は中学三年になり、塾に通い始めます。そこで大浦君と知り合います。というか、直ちゃんの評判を知っていた大浦君が一方的に勉強で佐和子に挑戦してきたのでした。

直ちゃんは新しい彼女を連れてきます。今回の彼女、ヨシコはものすごくケバい女性でした。振る舞いもやや下品でした。お土産はサラダ油6本でした。佐和子は悲しくなりました。しかし直ちゃんとヨシコは珍しくうまく行っていました。佐和子は進学校である西高を目指しています。

二回目の模試で、佐和子はなんと三位に入ります。愕然とした大浦は絶交宣言をします。佐和子は泣きたくなりました。気落ちした佐和子は勉強に身が入りません。あっという間に成績は急落し、気を良くした大浦との絶交は回復しました。

駅前で佐和子は、他の男と会っていたヨシコを発見しますがヨシコは悪びれません。参考書を探しに直ちゃんの部屋に入ると、封筒を見つけました。父さんの遺書でした。直ちゃんは、自分も父さんのように死ぬ羽目になるのが怖かったと言います。あの頃直ちゃんにもゆがみが出て矯正できなくなっていたのでした。

遺書に書いてあった、真剣さえ捨てる事ができたら困難は軽減されるという言葉に直ちゃんは啓発されました。そうして進学せずに農業を選び、生き延びたのでした。それが次々と彼女に振られる原因でもあったのでした。

佐和子は思います、直ちゃんの長生きの方法は間違ってると、しかし教えられません。直ちゃんがそれを知って傷つくのが怖かったのでした。そしてヨシコに本腰を入れろ、ヨシコは直ちゃんを救うかもしれない、と告げます。佐和子は仲直りした大浦に、自分の父は自殺未遂で、兄は病気、母親は家出して一人暮らしだと告白します。そしてもっと仲良くなりたいと大浦に告げるのでした。

第三章、救世主。直ちゃんが目覚めました。やはりヨシコは救世主だったのでした。ある日直ちゃんが傷だらけで帰宅します。ヨシコの彼氏と喧嘩になったと言います。喧嘩には勝ちましたが、ヨシコに殴られて怪我をしたと言います。そして、我が家にはある程度の役割が必要だと言います。家族は家族のそれぞれの役割を果たすべきだと言います。じゃあどうするのと佐和子が聞くと、それはこれから考えると言いました。

佐和子と大浦は西高にともに入学して、二人は付き合っています。佐和子は学級委員に任命されました。しかし佐和子の三組はうまく行きません。だらけた無気力なクラスです。クラスをよくするのにどうするか意見を募りますが、誰も発言しません。焦った佐和子は通り一遍の注意をし、クラスから反感を持たれてしまいました。

直ちゃんはヨシコとしっくり行かなくて悩んでいました。佐和子はヨシコを無視しろとアドバイスします。不安になってヨシコの方から連絡してくると言います。しかしヨシコは反応しません。直ちゃんはどんどん衰弱して一気に不健康になってしまいました。

西高は近所の老人ホームと交流会があります。西高側は歌をプレゼントすることになっていました。その練習をしようとしますが、クラスは動きません。大浦君に相談すると、強くてクラスで力を持っている男子に取り入って協力を取り付けろと言います。実行すると事態はあっさり解決し、交流会は大好評でした。老人たちに感謝されて佐和子は幸せな気分に浸りました。

直ちゃんはますますぼろぼろになって行きます。想像以上にヨシコに入れあげていたのでした。ついに佐和子はそんなぼろぼろの直ちゃんの写真をヨシコに送り付けます。するとヨシコがシュークリームを持って家に来ます。おいしいシュークリームはヨシコの手作りでした。二人はシュークリームをひたすら頬張るのでした。

第四章、プレゼントの効用。クリスマスを来月に控え、大浦君はアルバイトする、と宣言します。佐和子に素敵なクリスマスプレゼントを贈ると言うのでした。しかも佐和子の好みにあわせて新聞配達で稼ぐ、と言います。そして大浦君ではなくて別の呼び方をしろと言います。彼の本名は大浦勉学です。勉学と言う名前で呼ばれるのは嫌だそうです。クリスマスまでに考えろと言われ、しぶしぶ承知しました。

大浦君は新聞配達を始めました。最初の日、佐和子は早起きをして窓から眺めています。大浦君が新聞を配達しました。佐和子は新聞を取りに行き、抱きかかえて戻ります。ゆっくりその新聞を読む佐和子でした。

ある日突然ヨシコが家に現れます。直ちゃんの部屋を家探しします。直ちゃんに贈るプレゼントのヒントをつかみに来たそうでした。自分の肖像画をプレゼントすることにしたと言って帰りました。釈然としない佐和子でした。佐和子は大浦君にマフラーを編むことにしました。

クリスマスイブの日が来ます。大浦君は最後の新聞を配達に来ます。佐和子は彼に声をかけました。その日に悲劇が起きるのでした。。。。。

佐和子の家は最初のピンチ、父親の自殺未遂をうまく乗り越えられませんでした。父親はいつも佐和子に引け目を抱き、兄は壊れてしまっています。母親はついにトラウマから脱却できず、家を出てしまいました。二回目のピンチに際して一家は団結します。ヨシコを含めた全員が、さまざまに佐和子に働きかけ、ついに佐和子は、大きなものをなくしたけれども、自分にはまだ大切なものがいくつかあって、ちゃんとつながっていくものが残っている事に気づくのでした。

いや、良い話でした。映画化されたのもよくわかります。瀬尾先生のファンが多いのも当然だと思いました。


by rodolfo1 | 2019-06-19 02:08 | 小説 | Comments(0)

葉真中顕作「絶叫」を読みました。

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葉真中顕作「絶叫」を読みました。

プロローグ、江戸川区鹿骨でNPO法人カインド・ネットの代表理事、神代が殺され、同居する女が失踪していました。神代は、梶原、山井、渡辺、八木、そして謎の女と同居していたのでした。カインド・ネットはいわゆる囲い屋でした。ホームレスに生活保護をつけ、大半の保護費を奪い取るのが仕事でした。

次にウィルパレス国分寺で死体が発見されます。刑事奥貫綾乃が現場に向かいます。死体は飼っていた十数匹の猫に食い荒らされて身元及び死因は全く不明の白骨化した女でした。部屋にあった通帳によれば女性の名前はは鈴木陽子でした。

第一部、鈴木陽子は母にぞんざいに育てられます。弟の方が可愛かったのでした。頭が良かったのも母の好みでした。母は中卒で就職し、父とは職場結婚でした。

陽子は小学校ではできない部類の子供でした。母はできない陽子に冷たく笑います。成績の良い弟へ向ける笑顔とは全く違うものでした。陽子は母の愛というものを全く感じずに成長しました。

中学生の陽子は初めて恋をします。相手は美術部の一年先輩山崎でした。彼は漫画家志望でした。しかし山崎は転校してしまいました。多感な陽子はたまたま父母の喧嘩と性行の模様を目の当たりにし、衝撃を受けました。よわいひとがこわいひとに襲われて食べられていたのでした。

鈴木陽子が離婚して一人暮らしをしていたらしいことがわかり、奥貫刑事は身につまされます。奥貫も子供と夫を残して離婚していたのでした。すべてをきちんと遂行したい奥貫には結婚生活は向いていなかったのでした。

陽子はいつからか弟がいじめにあっていた事に気づきました。後に陽子は気づきます。弟はアスペルガー症候群だったのだと。それがいじめにつながったのだと。中学二年になった夏、弟は車の前に突然飛び出して突然交通事故死します。運転手は不起訴になりました。

すると弟は幽霊になって陽子の前に現れます。そして陽子に、死にたくなったから死んだ。人の気持ちや行動は意味なく突然降ってくるんだと言いました。しかも行動の決定には自分の感情が混じる、自分の感情を選んだり理解したりはしないのだと言います。人間はただの自然現象だ、と言います。そして消えます。

奥貫は狭山市へ向かいます。鈴木陽子の戸籍を調べに行くのでした。戸籍は大変複雑なものでした。その戸籍上の最初の夫新垣とは結婚後8か月で死別しています。しかも新垣の前に結婚していたふしがありました。その半年後、沼尻と結婚し、その後陽子は死亡していました。二件の他に更に結婚歴があった模様でした。犯罪の匂いを嗅ぎつける奥貫でした。

折柄バブルの崩壊を迎え、陽子は就職氷河期のまっただ中です。地元の会社の事務員として就職しますが、仕事はお茶くみです。サラリーも地元の親許に同居しているのが前提の低いものでした。どうしても憧れの東京には行けませんでした。

そんな中、阪神大震災が起き、日本経済は長いデフレを迎えます。ある日、預金をすべて持ち出して父が失踪しました。警察に捜索願を出しますが、剣もほろろの扱いです。そんな中、債権者が家に現れます。父は投資の失敗のため消費者金融で借金をしており、その取り立てに現れたのです。

担保の自宅を売却するから立ち退け、と言います。将来について案じる陽子に、母は、自分は兄の所で世話になるから陽子は勝手にしろ、と言います。生まれて初めて一人暮らしをする陽子でした。

新しい部屋で暮らす陽子は、山崎と再会します。二人は結ばれます。彼は漫画家になっていました。メジャーな漫画雑誌に連載が決まった山崎は陽子に、結婚して一緒に東京に行ってくれ、と頼みます。

第二部、奥貫は陽子の最初の夫が山崎であったことを突き止め、陽子の写真を手に入れました。陽子はその後、東京でコールセンターのバイトをして暮らしていました。生活はぎりぎりでした。陽子は新和生命の社員にリクルートされます。

陽子は新和生命の保険レディーになります。支部長の洗脳とも言える営業の手ほどきを得て、すべての知人に連絡し、伝手をたどって営業成績を伸ばします。当然給料は上がり、陽子は無駄遣いの魅力に取りつかれ、カードで借金を繰り返します。そこで転落が訪れます。

その頃、奥貫は、陽子の戸籍調査を終えます。陽子は8度も戸籍を移動させていました。4回の婚姻歴があり、最初の山崎以外はみな結婚後一年以内に死んでいました。次に奥貫は、陽子の母親を探し始めます。陽子の実家を訪ね、陽子の元同級生が見つかります。陽子が保険の外交員をしていたことが判明します。奥貫は、陽子の不自然な行動の裏にあるものを察知します。

鹿骨で神代と同居していた八木は、もともとホームレスでした。神代に誘われ、彼の家で同居し、家族同然の暮らしをする内に、ある仕事を頼まれます。その仕事とは。。。。

陽子はすべてのリソースを使い果たし、営業成績は急落します。ついに枕営業や保険の自己買いを繰り返し、それを新任の支部長に見つかり、解雇されます。

奥貫は陽子の母親の元を訪れますが、部屋には誰もいません。奥貫はその部屋で、陽子の臍の緒を発見します。これでDNA鑑定が可能となりました。

第三部、陽子はデリヘルで働いています。その頃陽子は河瀬と同棲していました。河瀬は元ホストです。ホストクラブで知り合い、クラブで不祥事を起こして放り出された河瀬を引き取ったのですが、河瀬は陽子に暴力を振るいます。

その時、弟の幽霊が言います。これはみな降ってきたものだと、姉さんにあることをさせるためにすべてが存在したのだと。

陽子はデリヘル狩りに遭います。神代を含めた四人組に拉致され、金を盗られて強姦されます。その時また弟が現れます。これはチャンスなんだと。条件が揃ったと。陽子は神代に、人を殺したことがあるかと尋ねます。ある、という神代に金をやるから人を一人殺してくれと依頼します。神代は陽子の計画を聞きます。

神代は不気味な魅力のある男でした。陽子の話を聞き、あんたは最高や、惚れてもうたわ、と言います。神代は河瀬をあっさり籠絡し、仕事を依頼するふりをします。神代邸で二人は神代と同居するようになり、河瀬は神代の事をオヤジと呼び始めます。

神代は、陽子たちはすべて棄民だと言い切ります。その言葉に思い当たる所のあった陽子でした。神代にとって人間はすべて動物です。愛することも出来るし、殺すこともいといません。陽子の計画どおりに事は進み、陽子達は大金を手にします。

奥貫は捜査会議に参加しますが、そこに警視庁捜査一課殺人犯捜査係長の楠木が現れます。殺されたとおぼしき二人の男と、実行犯と目される八木には共通点がありました。みな元ホームレスであり、カインド・ネットで囲われていたのでした。代表の神代は昨年殺害されましたが、このNPOが事件に深く関わっていたと目されます。そして、代表を殺害したと目された正体不明の女が陽子だったと言うのでした。

神代は河瀬だけでは犯行を終わらせませんでした。次々と手持ちの囲われホームレスを使い、河瀬と同じ方法で殺害します。
東北大震災に際して陽子は思います。生も死も、人の心も、すべては自分と無関係に降ってくるのだと。何一つ選べないのだと。しかし何が起きるかわからないのなら可能性は無限だと。自分は自由なのだと気づきます。そして陽子は驚きの計画をたて、それを実行に移します。その驚きの計画とは。。。。。

いやいや。葉間中先生素晴らしいです。ものすごく練られたプロットと魅力的な登場人物が入れ替わり立ち代わり現れ、物語をぐいぐい引っ張って行きます。一気読みしました。次回作にも期待したいです。







by rodolfo1 | 2019-06-16 02:20 | 小説 | Comments(0)

瀬尾まいこ作「図書館の神様」を読みました。

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瀬尾まいこ作「図書館の神様」を読みました。表題の図書館の神様と雲行きの二編仕立ての小説です。

「図書館の神様」

主人公、清は18歳まで清く正しく美しく生きていました。小学生の低学年からバレーボールに打ち込み、必死に練習します。中学校では県大会に、高校では国体に出場し、将来は体育大学でずっとバレーを続けるつもりでした。それが破綻したのは高校三年生の時でした。

つまらない練習試合に臨み、補欠の山本さんを出場させ、ミスを繰り返す彼女に辛辣な批評をしたのでした。山本さんはそれを気に病んで自殺してしまいました。

それを一種のいじめと取られ、清は学校で孤立します。バレーもやめてしまい、バレーを見るのも嫌になります。大学も全くバレーと関係ない地方の私立大学の文学部に進学し、すべてがどんどん投げやりになってしまいます。

清は大学を卒業して、高校の講師をしています。あろうことか文学部の顧問に就任します。ただ文学部出身だから、と言うだけで就任させられたのでした。清は文学には全く興味がありません。しかも部員はたった一人の男子、垣内君でした。清は困惑します。

しかし冷静に垣内君は部を仕切ります。今年度の活動方針を立て、予算を決めます。欲しいものは何か、と聞く垣内君に、清は車が欲しい、と言い出しますが、垣内君に冷静にいなされます。いかにも運動の出来そうな彼の様子に、運動したくないのか聞くと、垣内君は答えません。この一年間を彼と図書室で過ごす事になるとは、と気が重くなる清でしたが、垣内君は用事を済ませると、川端康成について調べる、と宣言します。本気で文学をやりたい高校生が居る事に驚く清でした。

家に帰ると浅見さんが来ていました。彼は清とは不倫の関係です。元々学校の講師をする事を勧めたのは彼でした。再びバレーをしたくなっていた清に、高校のバレー部の顧問になればいい、と言ったのでした。清は早速教職課程を選択し、教員免許を取りました。

清の講師生活は全く惰性です。そもそも生徒はほとんど講義を聞いていませんし、清もただ50分がつつがなく終わればいいとびくびくする毎日です。文学部顧問は恐ろしく楽な仕事でした。眺めの良い図書室にいて、はだしのゲンを読んでいれば良いのでした。

清は垣内君に質問します。何故文芸部なのか、一人きりで部活をすると息が詰まらないか、運動をしたいと思わないのか、何かしら事情があるのではないか、等々。ことごとく、単なる文学好きなせいだ、と退けられ、垣内君は読書に戻ります。

そのへんに置いてある川端文学を手にとると、とある一節に目を惹かれました。「死人にものいいかけるとは、なんという悲しい人間の習わしでありましょう」清も何度も山本さんに必死で話しかけたことがありました。感傷的な気持ちになりながらページをめくると、清は、恋人役の女の子が鼻血を出した一節に大爆笑します。笑ってしまった清を責めない彼の寛大さに感心する清でした。清はバレーボールに打ち込んでいた頃、部員が遊びでバレーボールをすることが許せなかったからでした。

土曜日、弟の拓実がいつものように訪問して来ます。不倫している女の土日は悲惨だからと言うのでした。泊まりに来て、一日海を眺めています。昔から弟に何を知られるのも平気だった清は浅見さんの事にも拓実を会わせています。弟は底向けに優しい人柄でした。

弟は花を育てるのは大変上手でした。それについて彼はこんな事を言います。「水清ければ魚棲まずだよ。正しい事がすべてじゃないし、姉ちゃんの正しさが、いつも世の中の正しさと一致するわけでもないからね。」

清は、はだしのゲンを読み尽くしてしまい、することがありません。垣内君に絡みます。退屈なんだけど、刺激が欲しい、と。スポーツにくらべてめりはりがない、という清に、垣内君は、スポーツこそ毎日同じ事の繰り返しだ、僕は毎日違う本を読み、違う言葉をはぐくんでいる、と言います。清はちょっと感動します。つまらないから家出する、とごねる清に、垣内君は提案します。会議をしましょうと。

会議のテーマを聞かれて清は答えます。正義ではどうかと。たぶんバレーをしていたころの清は、自分なりの正義をを貫いていたのでした。清の正義とは何か、と聞かれて思わず言いよどみます。私はだめだ、と言う清に、垣内君は別に仕事や日常を懸命に送る事が正義ではない、と言います。そして、「黙るべき時を知る人は、同時に言うべき時を知っている」と言います。そして読書に戻ります。自問自答する清でした。

垣内君がお守りをくれます。教員採用試験合格祈願だと言います。講師であり続けるのもいいんじゃないか、と言う清に、先生はそういう行き当たりばったりな性格ではなくて、ちゃんと打ち込む性格なんだと思う、と言います。

夏休みの間に浅見さんと拓実は馴染みます。拓実は誰とでも親しくなるのです。清は二人にロールキャベツを作ります。清がパスタでキャベツを結ぶのを浅見さんは褒めます。そして、昔ロールキャベツを輪ゴムで止めていた女がいた事を面白おかしく話します。すると拓実は、そういう思い切りの良い女性に惚れる、と言います。いつも拓実は変わった女性とばかり付き合っていたのでした。

清は、清的には全くうまくいかなかった教員採用試験を受け、不思議な事に合格しました。清の何を見てどう判断したのだろうと不審に思う清でした。

9月の図書室は猛暑でした。クーラーを部費で買おう、と提案しますが、垣内君にすげなく拒否されます。垣内君に詩を書け、と迫ります。それを売ってクーラーを買おうと言います。垣内君は詩を書きます。知っている人が紡いだ言葉はこんなにも心を打つのか、と思い、早速次の日の国語の時間に生徒に作文をさせます。

すると生徒は作文にのめり込みます。人は実はいつも語りたがっています。知っている人の書く言葉はちゃんと心に響きます。川端康成と親しくなれば雪国もちょっとは愉快になるかもしれない。それで垣内君は懸命に川端の事を知ろうとしているのだろうかと考える清でした。

季節は唐突に秋になりました。いつも通りせっせと通って来る拓実の希望で学校を見に行きます。そこで垣内君に会います。地域のバスケの練習に行くのだといい、清と拓実を誘います。メンバーには70過ぎのおじいさんまで参加していました。みな笑いながら練習しています。最後に4対4の試合をします。試合はむちゃくちゃなものでした。でも誰も文句を言わず、みんなバスケを楽しみました。垣内君が体育会系の部活をしないのは実は。。。

勤労感謝の日、突然浅見さんが昼から仕事を休んで現れます。どこかへ行こうと言い、清は舞い上がります。人目を気にする彼らは滅多に一緒に外出しなかったのでした。8時には帰らないといけないという浅見は、空港へ行こう、と提案します。そこで彼女が妊娠した、と清に告げます。

それでも清は浅見に会います。浅見はずるくて卑怯です。でも清も残酷だし不道徳です。二人はあまり話をしなくなり、愛し合っている時だけが愛と呼んでも差し障りのないものがあるようでした。その翌日は最悪な気分でしたが。

浅見の子供は男の子でした。そんな事を報告しなくて良い、という清に、黙っていたら清を裏切ることになるし、本当の事を話しても傷つけると浅見は言います。清はほとんど寝れませんし、何も食べられなくなりました。

そんな中、垣内君が質問して来ます。「さぶ」の主人公は誰なのかと。小説に描かれているのは小説名になっているさぶではなく、栄二の成長だ、と言うのです。ドラえもんと同じで、悪戦苦闘しているのはのび太だけれどのび太は主役じゃない、と返事すると、垣内君はわかりました、と答えます。何が?と聞くと、先生の見解がわかりました、と答えます。なんとなく嫌な心地がした清は、何年かぶりに読書をしました。

さぶは面白かったのでした。読み進めていくうちになぜか清は泣いていました。清は深夜、垣内君に電話します。さぶは面白かった、と言う清に垣内君はそれは良かった、と答えました。清は電話を切った後、もう一度さぶを読みました。

毎月初めの日曜日、清は地元に戻ります。実家に帰るためではありません。拓実も同行します。姉ちゃん一人で行くのは悲惨すぎる、と言い、五年間一度も休みません。花屋で花を選んでくれます。仏花では女の子は喜ばない、と言います。二人は墓地を訪ねます。山本さんの墓参りに来たのでした。

三学期はじめの二年生の教材は夏目漱石のこころでした。朗読用のCDを流していると、Kが死ぬ記述を聞いて加藤さんという女子高生が気分が悪くなります。おばあちゃんが亡くなった時の模様と似ていたと言います。自分もこころは嫌いだ、と言い、思わず山本さんの話を加藤さんにします。

垣内君にこころは長すぎるからもっと短い話を授業でやりたい、と相談すると夢十夜を勧められます。夢十夜を読んでみた清はその話の恐ろしさにすくみます。あまりにも怖かった清は、おもわず浅見を頼って電話し、すげなく切られます。

いつもそうだ、と清は思います。浅見さんとの関係は、浅見さんの都合だけで成り立ち、清の事情も気持ちも都合もなにもありません。怖さに加えて寂しさが加わり、たまりませんでした。

結局拓実に夢十夜がいかに怖いかを電話した際に、浅見さんとは別れる、と宣言します。翌日の授業で夢十夜を取り上げ、生徒に自分たちの夢十夜を書かせます。授業は大変好評でした。ところで浅見さんと別れるには、電話を5回無視するだけですみました。

部活顧問会議で文芸部の廃案が出されます。ドロップアウト、間に合わせ、暇つぶし、様々な文芸部への形容が続く中、突然清にスイッチが入ります。文芸部の必要性をまくしたてます。理解されず怒りに震える清でしたが、垣内君はなだめます。清は、明日から朝練をして文芸部を活性化する、と宣言します。

その日は清は持病の頭痛に悩み、学校を休みます。いつも頭痛を癒してくれていた浅見の不在をしみじみ切なく思う清でした。しかし登校すると生徒は優しく接してくれました。いつもより黒板がきれいに拭かれていました。

断固として朝練を主張する清に垣内君も折れます。何をする?と尋ねると、本の整理をする、と垣内君は言います。清はしぶしぶ従います。ついに本はすべて整理され、生まれ変わった図書室の評判は上々でした。生徒も先生もみな褒めてくれました。昼休みに図書室を使う生徒も増えました。本を入れ替える作業は、清の中に溜まっていたものをも新しくしてくれたのでした。

二月の終わりになり、いよいよ文芸部の活動も終わりを迎えます。最後の仕事である主張大会用の文章も仕上がります。文芸部最後の日、垣内君は清に走ろう、と言いだします。清と垣内君はグラウンドを無節操に駆け回ります。大層爽快でした。思わず清が聞きます。「これって青春?」「どうやらそのようですね。」そして垣内君から素敵なプレゼントがありました。

主張大会で垣内君はがんばります。完成していた原稿ではなく、じかにスピーチします。清にとって垣内君の言うそれをする方法はたったひとつでした。そして清のもとに一通の手紙が届くのでした。

「雲行き」

中学生の早季子は雨が苦手です。頭痛が起こるのでした。頭痛予報からは、雨は降らない模様でした。しかし佐々木は自分は傘を持って行く、と言います。

佐々木は半年前にやって来た新しい父親でした。早季子は佐々木が好きになれません。早季子は佐々木に、雨が降るかどうか賭けるかと挑発します。佐々木は負けたら百万円払うから、早季子が負けたら何か一つ佐々木の願い事をかなえろ、と言います。

友達の井上は不思議な男子でした。なにせ唯一の男子手芸部です。しかし結構人気があります。傘がないのに雨が降った日、早季子がそのまま帰ろうとすると頭痛がするから自分の傘を持って帰れ、と言います。差し出した傘を見ると、亡くなった妹の持ち物だった傘でした。いとおしい気持ちになった早季子は相合傘で帰ります。

その日結局雨は降りません。すると佐々木が傘を持って迎えに来ます。金がないので、代わりに大事な商談をすっぽかして早退して迎えに来た、と言います。悠々と傘をさして帰宅を始める佐々木の後姿を見て、早季子はものを思います。初めて会った頃、佐々木の後姿が好きでした。

賭けに勝った時の願い事は何?と佐々木に聞くと、会社を早退したことをお母さんに黙っていてくれと言います。時間を誤魔化す為に、かき氷屋を目指します。やっと見つけた氷屋の幟を見て、早季子は佐々木とけんかした時の事を思い出しました。今年初めてのかき氷を食べる佐々木と早季子の上に。。。。。

瀬尾先生の作品には良い人ばかりが登場するような印象でしたが、図書室の神様には、葛藤する人物が出てきます。正面切って嫌な事を言う人はいませんが、その存在自体が良いものではないのが不倫相手の浅見だったり、高校時代はパワハラ気味で、大学生の頃から不倫を続けていた清本人であったりします。その清にからむのが、図書室の神様とも言える垣内君でした。

しかしただの高校生が神であるはずもありません。垣内君が信奉する文学そのものが神だったのでしょう。文学の助けを得て次第に幸せに向かって行く清の人生は、本好きの読者としては大変に惹かれるものでした。また清と垣内君の図書室での会話は大変可愛らしいものでした。

比べて二作目の雲行きは、新しく出来た家族が次第に親しんで行く所を描いた小説です。そこにアクセントとして恋人未満の井上君が絡みます。しみじみとした雰囲気の小説でした。













by rodolfo1 | 2019-06-12 02:39 | 小説 | Comments(0)

藤岡陽子作「手のひらの音符」を読みました。

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藤岡陽子作「手のひらの音符」を読みました。

入職16年目の服飾デザイナー瀬尾水樹は、勤めている会社が服飾業から撤退する羽目になりました。国産にこだわっていた服飾メーカーだったのですが、それが災いしてしまったのでした。もともとは大手の服飾メーカーに勤めていたのですが、まるでハンバーガーを作るようなその業態に嫌気がさしたのでした。

水樹は大手メーカーの同期、昌美に連絡します。元の彼氏に連絡は取れたのか?と尋ねる昌美に、音信不通だ、と答える水樹でした。

小学生の頃、写生大会で水樹は羊の毛を紫色に塗ります。色盲を疑って医者に行きますが、正常でした。それからはなるべく友達に合わせるようにした水樹でしたが、高校の美術教師にそれがあなたの世界だから自由に書きなさいと指導され、水樹は初めて自分が持った夢に飛び込むことを決めました。それが後の服作りにつながったのでした。

水樹に高校の同級生の堂林憲吾から電話が入ります。担任の美術教師、遠子先生が末期がんで入院していると言うのです。先生はまだ58歳でした。同級生全員に連絡していて、連絡がつかないのは森嶋信也だけだと言います。その信也が水樹の音信不通の元彼でした。

高校三年生の頃、水樹はクラスでハブられていました。体育祭のリレーで、水樹と、皮膚疾患のため運動をしたことのない黒岡が選ばれます。他の二人は憲吾と信也でした。信也は助言をして、後ろを見ずにただ走れ、と言います。結果、水樹たちは一位になりました。クラスのみんなと笑って写真に収まった水樹でした。

水樹と信也は同じ幼稚園に通っていました。二人には共通点がありました。同じ団地に住んでいて、誰よりも親の迎えが遅かったのでした。いつも水樹は信也に、自分の迎えが信也より遅かったらどうしようと聞き、信也は、弟の悠人を病院に連れて行ってから来るから水樹の方が早い、と言います。悠人はてんかんの持病があり、体が弱かったのでした。二人はいつもその順番通りにまた明日、という挨拶を交わしていたのでした。

水樹は父親の洋二、母の君子、兄の徹の四人家族でした。父親はタクシーの運転手でしたが、競輪に狂っていました。信也の父親は元競輪選手でしたが、肝臓を患い長く入院していました。母の千鶴、兄の正浩、弟の悠人の5人家族でした。弟の悠人は後年発達障害であると診断されます。ものにもの凄く拘り、人の言うことを全く聞き入れません。うって変わって兄の正浩は良い子の見本のような子供でした。兄弟の面倒をよく見て、自分の学童保育が終わると水樹の家に呼ばれていた信也を引き取って家に帰るのでした。

瀬尾兄妹、森嶋三兄弟の五人で向日神社の夏祭りに行くのは一年を通して一番楽しみなイベントでした。徹は子供っぽくて頼りないですが、正浩は大人よりもしっかり四人の面倒を見ていました。悠人にてこずられながらも五人は楽しくお祭りを楽しみました。

秋になり、信也たちの父親が病気で亡くなりました。父親の死を納得できない悠人を正浩が優しく諭します。葬式のあと、洋二がラーメンを作って食べさせてくれました。それが水樹の記憶する唯一の父親の良い思い出となりました。

水樹は遠子先生のお見舞いに出かけます。京都は母親が亡くなってから5年ぶりでした。京都には憲吾が待っていました。彼は京都大学を卒業し、京都市役所で働いていました。彼とは、内職の品物を届けに行ってそれを道ばたにぶちまけ、あわてて拾うところを手伝ってもらい、ついでに好きな人に告白してあっさりふられた、と突然告白された過去がありました。それは内職の事を恥ずかしがる水樹への彼なりの思いやりだったとずっと後で思いつきます。

訪問した遠子先生はおしゃれな入院着を着ています。水樹は先生との昔のやりとりを思い出します。それは水樹の就職の事でした。実家の貧困のため、高卒で働くつもりだった水樹に遠子先生は進学を勧めます。水樹の家庭の内職は人形の服作りでした。先生は水樹が自作する自分の服のセンスを褒めます。実は服を作るのが好きなのだ、という水樹の内なる声を聞き出します。そして服飾の専門学校に行かせるべく母親を説得したのでした。

遠子先生は水樹の訪問を喜びます。そして信也はどうしたのか尋ねます。高校の頃、水樹が信也をすごく好きだったのは自分にはよくわかっていた、と言います。水樹は沈黙します。

父親の亡きあと、小学生であった森嶋三兄弟は健気に暮らしています。長男正浩はものすごく勉強が出来ます。次男の信也はバスケットボールに打ち込んでいます。しかし末弟の悠人はドッヂボールが出来なくてクラスで苛められています。信也と水樹はドッヂボールを教えようとしますがどうしても悠人にはボールをキャッチ出来ません。そこへ正浩が現れ、相手の目を見て正しく逃げ回れ、と教えます。それが悠人の戦い方なのだと信也や水樹にも諭します。自分の闘い方を探して実行するのだと。

水樹が10歳になったとき、思わぬ別れがおとずれます。その日、信也が悠人を探していました。学童を脱走したらしいのでした。どこを探しても見つかりません。悠人は夢中になると何をするかわからない男の子でした。折から出会った正浩も悠人を探します。その結果。。。。。

悠人はまた小学校でいじめられていました。あまりの事に信也はいじめていた少年達を殴り飛ばします。少年達の親は暴力だとねじこんで来ますが、信也と水樹は負けません。ついに大人を言い負かす二人でしたが、水樹に慰められて信也は泣きます。しかしそれから信也は大人に心を閉ざしてしまいます。

憲吾と水樹は食事をしながら相談しています。京都で服造りをしたい、と憲吾は言います。今は昔ながらの服飾産業が廃れて職人が困っている、と言います。そこで職人同士が連帯して仕事をしたい、と言うのでした。それに憲吾は関わろうとします。水樹は今の服飾産業の困難さを伝えます。すると憲吾は、一度信也と京都の深泥ヶ池で会った事がある、と話します。

憲吾の父は妖怪を研究して世界を回っていました。彼に帯同して生活していた二人でしたが、母親は次第に狂気にとらわれていきます。父は全く面倒を見ず、母の介護はすべて10歳の頃から憲吾の仕事でした。母を連れて遠くの京都の病院に来ていた憲吾は深泥ヶ池で信也と出会います。信也は悠人を連れて同じ病院に来ていたのでした。

水樹は東京で通販会社の面接を受けています。昌美が無理矢理手配してくれたのでした。本来は畑違いの仕事でしたが、大手の会社は魅力的です。思わずオファーを受けようとする水樹でした。そういえば父親が転職したのも私と同じ年頃だった、と水樹は思います。父親は地上げ屋に転職し、ものすごく羽振りが良くなりますが、言いしれぬ仕事に手を染め、結果よそに女を作って出奔してしまいます。

水樹は専門学校で彼氏が出来ます。でも彼氏に尋ねられると、好きな人がいる、と答えます。でも音信不通だと。彼氏は、なら水樹に好きな人が出来るまで自分と付き合ってくれと言われ、水樹は承諾します。しかし彼が実家に帰って家業を継ぐので一緒に来て欲しい、という願いに水樹は応えられませんでした。

折から遠子先生の容態が悪い、と憲吾から連絡が来ます。水樹は京都に向かいます。憲吾の自宅に泊めてもらった水樹は憲吾から、自分は心中しようとしたことがある、と告白されます。憲吾は、大学受験を控えたある夜、遠子先生に電話します。今から心中するつもりだ、今まで世話になった、という電話でした。母親が徘徊していたところを警察に保護され、迎えに行ったところでした。もう憲吾は疲れ切っていました。母親の睡眠薬を大量にのんで、母親とともに向日神社の池に身を沈めようとするところでそこに現れたのは。。。。。

水樹は兄の家を訪れます。そこには自分がかつて書いたデザインブックがありました。それを見ていると、次第に水樹は京都の織物の伝統技術を生かした服のデザインを描き始めます。眠らずに一晩書き続け、そのたくさんのデザインを持って遠子先生の病室に行くと、そこで意外な光景を目にします。その光景とは。。。。ここらあたりは前節にも投影されていて大変切ないくだりです。

憲吾は水樹に中学三年生の時の陸上部の試合に出た経験を話します。その話は水樹たちのリレーの話と少し似ていました。バトンを受け取る、という行為について示唆的に描かれています。そして憲吾は語ります。今自分たちが全力で何かをやって、それが失敗したとしても、次の世代を走る人にはその全力疾走が残るのではないかと。そして彼は公務員をやめて新しい仕事を世界に向けてやっていく、と宣言します。

遠子先生は最期に水樹に、自分はそうしなかったから、水樹は自分の本当の気持ちを大切にしろ、と言います。そして驚くべき事実をふたつ告げるのでした。

水樹は東京に戻り、転職先を断ります。そして、会社の同僚に向かって、京都の職人の仕事を今に生かす服を終会社の閉鎖までに作ろうと呼びかけます。そして遠子先生の教えてくれた事を確かめに向かいます。彼らはそこにいたのでした。そして水樹は京都に向かいます。そこで出会ったものとは。。。。。

いやいや。驚きました。何ということもない作家さんなのですが、アマゾンの評判が良いので求めましたところ、大した出来でした。アマゾン怖い。。。。。こういう作家さんを掘り出し始めるとほんとに従来の出版社はみな潰れてしまうかもしれませんね。本屋大賞危うい。こういう作品に脚光を当てるアマゾンもほんとに凄い。集合知恐るべしといった良作でした。















by rodolfo1 | 2019-06-06 02:44 | 小説 | Comments(0)

辻村深月作「サクラ咲く」を読みました。

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辻村深月作「サクラ咲く」を読みました。例によって学園ものです。短編小説が三つ連なって一つの小説を作っています。

第一編、約束の場所、約束の時間。

若美谷中学二年三組に、転校生が現れます。菊地悠でした。隣の席には武見朋彦がいました。朋彦は優等生風の悠が気に入りません。しかし学級委員で保育園から同級生の美晴にも、悠の面倒を見るように言われます。

朋彦が陸上部のリレーの練習をさぼって裏山を走ろうとすると、そこに悠がいました。しかし悠がいたのは裏山の遺跡があるところで、そこは立入禁止でした。朋彦が悠を咎めると、あわてた悠は持っていた本を取り落とします。それはゲーム好きの朋彦にとってはありえない本でした。しかも悠は喘息の発作を起こしてしまいます。

家に帰った悠のあとには、その本が残されていました。思わず中を見た朋彦は、驚きの内容を目にします。それについて悠を問いただすと、悠は信じられないような事実を告げます。

朋彦と悠は、ゲームを通じて友達になります。人に見つからないように、立ち入り禁止の遺跡でゲームをしていました。そのゲームにのめりこむあまり、陸上部の練習を疎かにしていた朋彦は、ある時部長にそれを詰られ、いろいろな経緯の結果、練習をがんばることに決めます。

中学陸上部新人戦の日です。朋彦は劇的な活躍をします。身体の弱い悠が応援に来ていました。

ある日、朋彦と悠は先生に遺跡に立ち入らないよう指導されます。てっきり美晴が先生に告げ口したと思った朋彦は、美晴を責めます。遺跡には大事なものが隠してあって、大人に見つかるのはもってのほかだ、と難詰します。その美晴が行方不明になりました。学級委員会で、その遺跡への立ち入りが絶対禁止になる、と言われてからの事でした。

朋彦は美晴を探しに遺跡に向かいます。そこで意外な事故が起こり、それを救うべく悠が驚きの行動に出ます。その後、永遠の別れを告げることになった悠と朋彦たちでしたが、朋彦は、ある誓いを立てるのでした。単独の小説としてはいまひとつの出来の短編でしたが、続編でここの伏線が回収されます。そういう意味では良くできた作品でした。

第二編、サクラ咲く。

塚原マチは、学級の書記に任命されます。昔から仲の良い琴穂に推薦されたのでした。断りたいマチでしたが、ついつい受け入れてしまいます。なにかと言えば周囲に流される自分の優柔不断が気に入らないマチでした。部活についてもその調子です。陸上部に入りたかったマチでしたが、何となく科学部に入部してしまいます。同級生の海野奏人も科学部に入ります。

マチは本当は図書委員になりたかったのでした。でも書記を引き受けたせいで図書委員にはなれませんでした。マチは図書室に来て本を眺めています。マチは本が大好きです。マチがある本を開くと、一枚の便箋が落ちてきます。それにはサクラチル、と書いてありました。借り出した人の名前はわかりません。マチはその本を借りました。

委員長のみなみと書記のマチはだんだん仲が良くなります。みなみは、ずっと学校を休んでいる高坂紙音にプリントを届けに行くので一緒に行こう、と誘います。紙音が休んでいる理由は謎でした。

ある日、マチが図書室で別の本を借りようとすると、また便箋がはさんでありました。みんなが自分を見て、笑っているような気がする、とありました。前回と同じ筆跡でした。次の本には、人にはそれぞれ、向き不向きがあると思う、とありました。マチは思い切って返事を描いたメモを挟んでみることにしました。夏休みは本を三冊まで借りれます。申し込んだ三冊のうち二冊に、またメモを発見したマチでした。マチは、またメモへの返事を本にはさみます。ついにそのメモに返事が来ます。次第に文通のようになってきます。

マチは、夏休みの自由研究を、みなみと奏人とすることにします。みなみに、奏人とつきあってるのかと聞かれ、とまどうマチでした。

文化祭の季節になります。クラスは合唱をすることになりました。ソプラノのパートリーダーをしていた琴穂は、合唱に身が入りません。もやもやしていたマチは、思わず琴穂に「ちゃんと練習しようよ」と注意します。気まずいマチでしたが、文通の相手にはげまされたこともあり、思い切って琴穂に声をかけます。すると琴穂は素直に反省します。合唱はうまくいき、マチはクラスのみんなに評価されます。はげましてくれた文通の相手をいろいろ憶測するマチでした。

ついにマチは文通相手に自分の名前を明かし、相手の名前を聞きます。その返事は意外なものでした。マチたちは卒業式の出し物を考えます。合唱を主張したマチは、提案が受け入れられると、更に意外な事を提案します。結果、クラスには意外な人物が。。。。

第三編、世界で一番美しい宝石。

映画同好会の若美谷高校二年生一平は、メンバーのリュウと拓史のもとに勢い込んで現れます。ついに自主制作映画の主演女優を見つけた、と言います。それは図書室の君、と呼ばれる立花先輩でした。彼女は新入生歓迎会でやった劇、嵐が丘で主演し、ものすごい評判を取ったのでした。しかし彼女はそのまま演劇をやめてしまっています。ついに意を決して一平は立花先輩に映画出演を打診しますが、あっさり断られます。しかし一平は、また来る事を彼女に告げます。

リュウはいろいろ立花先輩の情報を集めて一平に送ります。なんでも先輩は、新聞部部長の三根先輩に告白されて以来、様子がおかしくなった、と言います。立花先輩は、一平に条件を提示します。彼女が読んで結末を忘れてしまった小説を探してこい、と言います。何年もネットで検索しても、図書室の目録を調べてみてもどうしても見つからなかった本でした。その本には、人気のない宝石ばかり作っていた職人の元に魔法使いが登場してこう言います。「世界で一番美しい宝石を作れる才能をお前にやろう。ただしそのためにはお前は家族も友達も、これまで築いてきたものすべてに別れを告げなくてはいけない。」

やはり本は見つかりません。その存在すら疑われるレベルです。思い余った三人は、三根先輩に話を聞きに行きます。一見爽やか系男子であると見えた三根は、実は。。。。ジャーナリズムの暗黒面を巧みに指摘する名場面です。

立花先輩の実状を理解した三人は、探している本の結末について驚きの結論を出します。製薬会社で研究をしている一平の父親についても驚きの事実が判明します。その結論を提示された立花先輩は。。。。。ものづくりについて、とても示唆的な言葉が並ぶ良い文章でした。先輩と三人は。。。。。実に学生というものの本質をついた良いエンディングであったと思いました。







by rodolfo1 | 2019-06-01 02:32 | 小説 | Comments(0)

中山七里作「翼がなくても」を読みました。

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中山七里作「翼がなくても」を読みました。

市ノ瀬沙良は、西端化成陸上部に所属する将来有望な200m走の選手です。日本第九位のタイムをマークする彼女の視線には当然オリンピックが入っています。その彼女を不慮の事故が襲います。隣家に住むひきこもりの同級生泰輔が運転する車にはねられ、左膝下切断の事故を負います。しかも彼は無免許で、運転歴があったため、大した罪には問われず、賠償も一向にする模様がありません。見舞や謝罪も一切ありませんでした。彼は父親を早くに亡くし、母子家庭だったのでした。

義足を作って社会復帰を試みる沙良でしたが、社会のバリアは極めてハードでした。陸上部は退部させられ、仕事はうまくいかず、退社してしまいます。しかも泰輔は高額な報酬を取る腕利き弁護士を雇い、全面的に争う姿勢でした。隣家にむかって泰輔を罵る沙良でしたが、全くの無反応でした。

中山作品の常連、刑事犬養と部下の明日香が現れます。なんと当の泰輔が刺殺されたのでした。現場の状況から他殺と推定されますが、母親は隣家の家族が犯人だと言い張ります。しかし義足の沙良に犯行は不可能でした。凶器も見つからず、犯人と思しき人物は浮かび上がってきませんでした。

茫然と家でテレビを見る沙良の前で、義足のランナーの番組が始まります。両足のない彼は、健常者のレースすら照準にしていました。番組に触発された沙良は、元の陸上部に障害者部門を新設するよう依頼しますが、監督は取りつく島もありません。障害者スポーツは企業的に価値がない、と言うのでした。

それでも諦めない沙良は、舘野製作所に赴き、スポーツ用義肢の制作を依頼します。300万円にも上るその費用を沙良はあっさり了承したのでした。しかも現金で払う、と言います。犯人の一人として沙良を除外できない犬養は沙良に資金源を尋ねますが無視されます。すると犬養は思いつきます。泰輔の財産一切を把握している代理人弁護士は誰だったかと。なんと悪名高い御子柴礼司でした。

沙良は出来上がった義足をつけ、トレーニングを開始します。目標はパラリンピックです。参加条件は、200mを30秒50以下で走り、大きな大会で入賞する事でした。

犬養は御子柴と面会します。泰輔の資産について尋ねると、断られます。守秘義務がある、と言います。その犬養に驚きの情報がもたらされます。泰輔は生前5000万円の生命保険に入っており、その受取人は、保佐人御子柴でした。

沙良は運動後の切断端の痛みに悩み、舘野に相談します。舘野は、今後も障害者スポーツをやっていくなら、専用の義肢装具士やコーチ、トレーナーなどのチームを立ち上げるよう言います。しかし沙良のタイムは38秒57。標準記録には到底及びません。最初の障害者レースに参加する沙良の前に、プロ競技者、多岐川早苗が現れます。同じレースで走った早苗のタイムは、30秒02。圧倒的な速さでした。彼女は北京パラリンピックの銀メダル保持者でした。舘野は、自分の義足ではこれが限界だ、と沙良に告げます。

折柄、世界的に有名な義肢製作者、デビッド・カーターが来日します。東大駒場の研究所にいるはずのデビッドに沙良は会いに行きます。関係者に面会を断られますが、沙良は無理やり自分の連絡先を関係者に押し付けます。すると驚いた事にデビッドから返事をもらえました。

デビッドは、横須賀の基地に居たから日本語が話せる、と沙良に言います。このあたりはあまりにもありえない小説世界ですが、まあ中山作品ですからご勘弁ください。デビッドは沙良に、練習して徐々にタイムを上げて行くなど意味がない。一挙にワールドレコードを狙うファイトとプランがなければ駄目だ、と告げます。彼女のために義肢を作る暇もなければコーチをする余裕もない、と言います。すると沙良は自分の義肢に火をつけます。驚くデビッドに沙良は言います。あなたの造る義足しか欲しくないのだと。

デビッドは材料を取り寄せて滞在期間中に東大研で彼女の義肢を作る、と約束します。費用は4万ドルでした。それも沙良は払う、と言います。出来上がった義肢は素晴らしい出来でした。一回目の試走で自己ベストが出ます。デビッドからは走りについてコーチングを受けます。二回目で33秒82が出ます。標準記録Bに等しいタイムでした。しかも東大研究者、鬼怒川がサポートに就くことになります。鬼怒川からのデータを元に、デビッドがアドバイスをくれる段取りでした。

犬養は御子柴に面会します。沙良の金の出所は御子柴だろうと言いますが、御子柴は沙良に直接聞け、と言います。沙良は返答を拒否しました。協力を迫る犬養に沙良は言い放ちます。警察は何の協力を自分にしてくれたのかと。一言も言い返せない犬養でした。

沙良のタイムは次第に上がって行きます。一方泰輔を殺した凶器が発見されます。そのものには何故かタコ糸が結び付けられており。。。。

犬養は泰輔の自室を捜索し、あるものをついに発見します。泰輔殺しの裏にあった驚きのトリックとは。。。中山流のどんでん返しが炸裂し、物語は驚きの展開を遂げます。翼がなくても、という小説の表題の言葉がここに登場します。泣かせる台詞でありました。

中山先生の今回のお題は障害者スポーツでした。最初にテーマがあって、次にプロットがあり、登場人物の肉付けがあり、相変わらずの作者及びスタッフの取材力とともに物語は巧みに展開します。相変わらず期待を裏切らない小説でした。大変楽しく読めました。






by rodolfo1 | 2019-05-29 02:40 | 小説 | Comments(0)

真藤順丈作「宝島」を読みました。

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真藤順丈作「宝島」を読みました。同作は第九回山田風太郎賞及び2019年度直木賞を受賞しています。作者はガチガチの沖縄の人と思いきや、東京生まれの東京人でした。本作を読むとわかりますが、文章の最中にコテコテの沖縄弁が多用されています。よく書けたなと驚きました。20年間に渡る沖縄返還前からコザ暴動、沖縄返還後までの沖縄の物語です。物語にしばしば出てくる沖縄弁、あきさみよう、とは、あれまあ、とか、驚いた、とかいう意味です。島にはユンター(語り部)という祖霊がただよっており、彼らによってこの物語は語られます。

第一部、リュウキュウの青(1952~1954)戦後の沖縄で活躍しているのはコザを地元にする戦果アギヤーのオンちゃんの一味です。彼らは米軍基地に忍び込み、物資をかっぱらい、貧乏人に配ったりするのが仕事でした。親友のグスク、弟のレイ、彼女のヤマコがメンバーでした。

その夜、オンちゃん一味は他のアギヤーと徒党を組んで、事もあろうに極東最大の基地嘉手納を襲います。しかし発見され、オンちゃん一味は必死に逃げます。総勢20人強で乗り込みながら、もう半分しか残っていません。その中には謎の男、謝花ジョーもいました。

グスクとレイは、オンちゃんとはぐれ、基地にあったウタキのような場所に迷い込みます。ウタキは沖縄の聖域、拝所です。そこでグスクは怪しい声や光を目にします。しかしレイはつかまります。やっとの思いでグスクだけが逃走に成功しました。

ヤマコは病院や警察を尋ねまわって、レイが病院に収容されているのを見つけますが、オンちゃんはどこにもいません。コザには密貿易団クブラが暗躍していました。彼らは戦果アギヤーに接触し、アギヤーを懐柔あるいは脅迫して手先として使っていたのでした。謝花ジョーはアギヤー達を監視するクブラの一味でした。オンちゃんも脅迫されて嘉手納襲撃に加わったのでした。

レイは刑務所に入れられています。刑務所は極めて劣悪な環境です。しかし刑務所にも助け合いの輪ができています。反米活動でぶちこまれた国吉さんは、島の歴史などを、タイラさんは、刑務所での仕事のやり方レイに教えてくれました。

レイは脱走します。兄の事が気になって仕方がなかったのでした。ジョーの情婦チバナを見つけます。ジョーは、オンちゃんに、しくじった落とし前をつけさせるために会いに行くと言ったのでした。しかしジョーは収監されていました。レイは、刑務所に連れ戻されました。

ヤマコはひたすらオンちゃんの事を思っていました。ジョーを探しに自分が刑務所へ入る、というヤマコを抑え、グスクは自ら刑務所に入ります。その頃刑務所には大物が入って来ます。かの革命家、瀬長亀次郎でした。次第に刑務所に不穏な影がさします。獄内闘争の計画が持ち上がります。

ついに刑務所に暴動が起きます。亀次郎は所長との団交を提案しますが、強硬派が暴れます。そのさ中、グスクは感染症の受刑者が一人いることを突き止めます。それがジョーでした。レイとグスクはオンちゃんの行方を尋ねますが、弱り切ったジョーは、あの時予定にない戦果があった、と告げたきり死にました。

レイは集団脱獄しようとみなを煽動します。しかし国吉が密告し、脱獄は防がれます。敗北を認めて大半の囚人は帰房しますが、レイやタイラは抵抗します。その場に煙草の煙に包まれた男が突然現れ、警官たちに発砲を命じます。足を撃たれたタイラは倒れ、全員制圧されました。

第二部、悪霊の踊るシマ(1958~1963)刑務所を出たグスクは警官になりました。折しも強姦殺人事件が起きます。グスク達は現場に乗り込みます。Aサインと呼ばれる飲み屋を回って被害者を探します。当時の沖縄では女子供がアメリカ兵の犠牲になる事件が多発していました。しかも犯人は殆ど処罰されません。

被害者が見つかります。グスクは聞き込みをします。女は誰かの車で通勤していました。その車を運転していたのはやはりアメリカ人でした。グスク達は犯人を尾行し、再度犯行に及ぼうとする所をを逮捕します。

その現場に一人のアメリカ人が通訳を連れて現れます。アーヴィン・マーシャルと通訳の小松でした。マーシャルは米民政府の官僚でした。グスクに、彼のマーシャル機関に諜報員として参加しろ、と言います。嘉手納基地襲撃の内部情報を求めるグスクは同意します。

タイラがレイの元に現れます。レイはチバナを女にして店に同居し、やくざ組織、コザ派の顔役になっていました。親分に呼び出されたレイは、タイラを親分に紹介する、と言います。レイの前に一人の日米ハーフの浮浪児が現れます。どうも口がきけない模様です。

レイは親分にいきなり殴られます。勝手に密貿易で稼いでいたのがばれたのでした。手下の辺土名が絶縁しろと煽ります。しかし親分はレイに、アメリカ人を襲う事を禁止し、制裁だけですませます。タイラは、アメリカ人を襲ったのは自分だ、とレイに言います。

レイが十歳の頃、沖縄戦のさ中に数人の仲間と戦火から海を泳いで逃げていました。ゴマモンガラに噛まれて溺れかけたレイを助けてくれたのが兄のオンちゃんでした。オンちゃんはその魚の歯をレイの足から引き抜き、幸運のお守りとして首飾りにしたのでした。それを夢で見て涙を流すレイでしたが、外に出るとあのハーフの浮浪児がまた居ました。

タイラは神戸の妻の元に帰るため、金を稼いでいました。アメリカ人一人を襲えば500ドル、軍曹級ならその倍もらえました。レイとタイラは浮浪児とともに又吉世喜の元を訪れます。彼はやくざ組織、那覇派の頭目でした。又吉がタイラの金づるでした。

ヤマコは念願かなって教職につきます。いつまでもオンちゃんにばかりかまけてはいられないのでした。しかし初めての学校はさんざんでした。やることなすことうまくいきません。しかしヤマコはコザの孤児たちに注目します。その中に一人のハーフの孤児がいました。

毎日孤児たちに本の読み聞かせを行います。ハーフの子も必ず参加しました。読み聞かせを初めてから、ヤマコはだんだん授業に没頭できるようになります。次第に学童たちもヤマコに寄り添って来ます。そんな中、恐るべき事件がヤマコを襲います。

学校にアメリカ軍の戦闘機が墜落したのです。学校は生き地獄と化しました。思い余ったヤマコは辞表を出して責任を取ろうとします。するとあのハーフの孤児が現れ、自分はウタだと言います。そして、ヤマコ先生本を読んでくれ、と頼みます。それ以来、ヤマコは教職を続ける決心を固め、本土復帰運動を進める復帰協に参加します。

残波岬で、レイはクブラの手引き役だった男を尋問しています。トカラの悪石島を探せ、と男は言います。コザに帰るとウタが来ていました。コザ派がタイラと又吉を拉致しようとしていると言います。タイラ達はコザ派と内通していたアメリカ兵を襲ったのでした。

レイはタイラと又吉を救出します。又吉は、この拉致の理由の一つは、コザ派との面談の際に、オンちゃんの事をコザ派に問いただした事だろう、と言います。コザ派と那覇派は全面戦争に入ります。

形勢不利となった又吉とレイは、悪石島に避難します。港にウタはキヨという五歳の女の子を連れて来ています。しかしウタはレイ達と同行しませんでした。

グスクは忙しく働きますが、知りたい情報はなかなかもらえません。その日も他の密偵と会う筈でしたが、現れたのは小松でした。そしてオンちゃんの情報を嗅ぎまわるのは危険だからやめろと言います。ごねるグスクに、嘉手納基地のあの日の日報を見せる、となだめます。

グスクはハーバービュークラブでゲストに招かれていました。そこにもくもくと煙草の煙を吐いている怪しい男が現れます。その夜クラブに泊まる事になり、部屋に入ったグスクの前には、あの煙男が居ました。煙男ははグスクを拘束し、拷問します。

煙男は、米民政府に委託されて思想犯を取り締まっている、と言います。そして高等弁務官を暗殺する計画があり、その実行犯グループの首謀者は、又吉、タイラ、レイ、そしてオンちゃんだ、と言います。そしてオンちゃんの居場所を執拗に聞きだそうとします。

やっとたどりついた悪石島で、又吉はレイに高等弁務官暗殺計画を漏らします。そして、この計画にオンちゃんが一枚噛んでいる、という噂があると認めます。そしてこの島でオンちゃんの行方を探る、と言います。

レイ達は島の山に登ります。そこには小屋がありました。その瞬間レイと又吉は謎の三人の賊に襲われます。手足を縛られ、連行されます。なんとか賊から逃れたレイは、痴呆症と思われていたおじいと対面します。おじいは持っていた鎌で手首の縄を切り、ついでにその鎌を貸してくれました。

あっという間に又吉とレイは三人を制圧しました。三人は島の住人でした。クブラが跳梁していたのは彼らの親の代の話で、米軍によってクブラは全滅させられたのです。そしてレイ達が来たことで、また米軍が来ると困るので襲った、と自白します。ところが、さっきのおじいが、娘を返せ、と叫び出します。しかもレイに、お前はあの摘発の際にここにいた、と言います。山の上の小屋で娘が世話をしていたと言います。

レイそっくりのその男は数年島におり、銃撃戦の際に逃走し、娘と共に米軍に撃沈された、と言うのです。おじいは娘を探して海に潜り、オンちゃんのお守りであった魚の歯のネックレスを見つけたのでした。

コザに戻ってヤマコを呼び出したその場に国吉も現れます。レイは国吉がふともらした、ヤマコが誰かと一緒になる、という一言にひっかかります。激しく嫉妬するレイは刺客に襲われます。港からずっとコザ派につけられていたのでした。騒ぎの中、刺されたのは国吉でした。刺客を連れてきたレイを非難するヤマコでした。言い争いになったレイはヤマコを。。。。

グスクはわずかな隙をついて煙男のもとから逃走します。ヤマコの元を訪ねますが、ヤマコは居留守を使います。グスクが病院に行くと、チバナもレイを探す暴漢に暴行されて入院していました。そしてチバナはグスクに、レイの話を伝えます。オンちゃんの形見を見つけたと。オンちゃんは数年前に亡くなっていたんだと。

グスクの元に小松が現れます。そして煙男はダニー岸だと言います。元の特高刑事で戦後GHQの傘下に入り、弾圧や思想統制に明け暮れる男でした。読谷の通信傍受施設に立ち入れる唯一の日本人です。そして、あの嘉手納強奪事件の日の日報はごっそり欠落していた、と言いました。何故ダニー岸はオンちゃんが沖縄にいると思うのか?とグスクは思います。

高等弁務官狙撃未遂事件が勃発します。しかしグスクは、おそらく本格的な襲撃が、その翌日に行われるのではないかと当たりをつけます。グスク達は高等弁務官の元に向かいます。弁務官の元に十人強の暗殺者たちが詰め寄ります。グスクは暗殺者たちと対峙します。

第三部、センカアギヤーの帰還(1965~1972)1965年3月。ベトナム戦争が本格化します。佐藤栄作は沖縄返還を掲げ、沖縄に現れます。グスクは自宅に届けられた名無しの封筒を見つけます。それには、俺は島に帰りついた。命拾いの宴会の支度をしておいてくれ、とありました。

グスクはマーシャルと会います。グスクは倦み疲れており、特命捜査からは手を引きたがります。するとマーシャルは、あと一つ事件を解決したら手を引かせる、と約束します。それはマーシャルの古くからの諜報員二人が変死した事件でした。

二人は島における麻薬のルートを追っていました。二人に代わって麻薬の元締めを特定しろと言います。グスクは那覇で又吉に面会します。場は殺気立っていました。暗殺未遂事件の際、又吉たちを追い詰めたグスクは発砲して抵抗するタイラを撃ち、彼を殺したのでした。それを悔いて目前で涙するグスクに又吉は情報を漏らします。辺土名がコザ派と別れて別組織を作り、薬物を主に扱っていると。

ヤマコは児童養護施設でクリスマス会の準備をしていました。ウタとキヨはこの施設で暮らしていました。そこにプレゼントが届きました。おもちゃ、衣類、文具、みなアメリカ製のそれらは、かつて戦果アギヤー達が沖縄人に配った戦果そのものでした。そこにヤマコ宛の無名の手紙が入っていました。ただいま、これは生還の前祝いさ、と。

ヤマコ達は教公二法案に反対する教職員会主催の巨大なデモを行います。そこにウタとキヨが現れます。キヨは母親に引き取られて施設を出る、と言います。デモで顔を合わせたヤマコとグスクは、手紙の話をします。その時、デモ破りの暴漢が現れます。グスクに取り押さえられたのは辺土名でした。グスクは辺土名を、コザ派と那覇派に引き渡します。さんざんにいたぶられた辺土名は、嘉手納の話を自白します。

辺土名はクブラに雇われ、戦果を持ち逃げされないよう嘉手納基地の周りを見張っていたのでした。木箱一つを抱えて逃げて来たオンちゃんを確かに拉致し、謝花ジョーに引き渡します。しかし何故かジョーはそのまま病院へ行きます。気に入らない辺土名は、オンちゃんを再び拉致しました。

ジョーは収監されました。その戦果とは何だったのかとグスクが尋ねると、辺土名は知らない、と答えました。諜報員を始末したのも薬物の流通もみな辺土名の仕業でした。その麻薬の元締めは誰か、とコザ派のボスが聞くと、あんたらの大好きな男だ、と辺土名は言いました。

相変わらず戦果は届きます。警察も見過ごしに出来ず、捜査を始めますが、捜査は難航します。ある時からその戦果に妙なものが混ざり始めます。ガスマスクでした。その折も折、グスクに反戦米兵からの情報がもたらされます。嘉手納の弾薬庫でガス漏れがあった、と言うのでした。

そのさ中、グスクはマーシャルに呼び出されます。米軍の最高機密を何故グスクが嗅ぎまわるのか、と叱責されます。マーシャルは更にグスクを脅迫します。重大な犯罪行為に手を貸すつもりかと言われてグスクは推理します、ガス漏れは何者かが弾薬庫を襲った結果だったのかと。ガス漏れを公表しろとグスクはマーシャルに迫りますが、マーシャルは拒否します。ならこれまでだ、とグスクは逃走します。妻子と共に恩納村の国吉を頼って落ち延びます。

身体障害者となった国吉は、故郷の恩納に引っ込んでいました。妻子を預け、コザに戻ったグスクは警察を首になっていました。毒ガスの情報を新聞に漏えいしようとすると、米軍は毒ガスのガス漏れについて公表しました。更に驚きの新聞記事が出ます。日本政府は毒ガスの事を知っていたというのでした。島民の怒りは頂点に達しようとしていました。

グスクは国吉について那覇に向かいました。国吉は、かつての仲間たちと、日米首脳会談を見届けようと言うのでした。ヤマコはコザ署に向かっていました。キヨと、キヨを引き取った母親が無理心中したのでした。チバナはグスクにキヨの事件の真相を伝えます。薬物中毒だった母親は、アメリカ人と結婚します。その結婚は実は。。。。ウタは大荒れに荒れます。

ついに沖縄は日本に返還されました。グスクは私立探偵を開業しました。戦果事件の捜査を始めます。毒ガスの漏えいにつながる犯罪と言えば、不法侵入と物資強奪です。その首班はレイだろうとグスクは思います。折柄、島では全軍労、復帰協などほとんどの組織を縦覧した最大規模のデモが展開されます。ヤマコはウタを始めとする施設の子供を連れ、デモに参加するべくキャンプカデナへ乗り込みます。

デモ以来、沖縄には外出禁止令が出されています。干上がった特飲街の人たちは、全軍労と衝突します。基地に勤めていた島袋さんとヤマコは親しくなります。島袋さんもウタキの管理をしていました。出会ってから数か月、島袋さんはそのウタキの事をすべてヤマコに話します。あの日あのウタキにはとある女が。。。。。

グスクの探偵社は、騒ぎが増加する中、繁盛していました。しかし戦果の事件は何の兆しもありません。ある夜、グスクの隠れ家には侵入者が現れます。グスクは噂を流したのでした。グスクは危険思想にかぶれ、英雄の真似事をしようとしていると。そして隠れ家と事務所の場所を明かしたのでした。その噂に引かれて現れたのは小松でした。

グスクと小松の前にダニー岸が、グスクの妻と子供を拉致して現れます。そしてレイとオンちゃんを呼び出せ、と脅迫します。承服しないグスクに、妻を絞め殺そうとする岸でしたが、国吉に逆に撃たれます。そして国吉は、小松を指して言います。お前が俺を逮捕したダニー岸だと。

岸とは高等弁務官の命で働く本土出身者の符牒でした。小松は、通信傍受の結果から、ある時期までオンちゃんは必ず沖縄に居たはずだった、と言います。悪石島から戻ったと。小松は隙を見て国吉の銃を奪い、二人を瑞慶覧に連行します。

その夜、コザで酔った米兵のひき逃げ事件が起こりました。怒り狂った島民は、憲兵と米兵を取り囲みます。そこにグスク達が来合わせます。グスク達の米軍専用車は目を付けられます。島民が押し寄せ、車を襲います。グスクと国吉は車から飛び降り、逃げました。

コザは騒乱の嵐でした。有名なコザ暴動が始まったのでした。特飲街の人々も、反米組織の人々も、みな暴動に参加します。暴徒たちは基地に向かいます。その暴徒の先頭に立って基地に侵入しようとする怪しい集団がいました。彼らの先頭に立っていた者とは。。。

恐るべきテロが基地を襲います。武装集団はぶあつい上着をまとい軍手を付け、ガスマスクをしていました。グスクは彼らを追い、基地に入ります。ついに先頭の男に追いついたグスクは。。。。物語はエンディングに向けて疾走していきます。

一見沖縄米軍基地問題に対するプロパガンダ小説かと思われたこの小説は、語り部である祖霊ユンターのひょうひょうとした語り口によってとても軽く、ある意味コミカルに語られる事によって、プロパガンダ的な色彩は弱められ、小説としての面白みを獲得する事に成功しています。美しい沖縄の海や景色の模写、猥雑な特飲街の模様、楽しい宴会の様子や、沖縄料理のうまそうな描写、デモの高揚、時々に踊られる魅力的なカチャーシー等沖縄独特の光景がふんだんに登場し、大変豊饒な仕上りになっています。傑作だと思いました。




by rodolfo1 | 2019-05-25 02:12 | 小説 | Comments(0)

吉田修一作「続横道世之介」を読みました。

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吉田修一作「続横道世之介」を読みました。前作の主人公、世之介の大学卒業後の世界を描きます。ちなみに、この小説では時間軸が多少ずれていて、話が行ったり来たりしますが、世乃介24歳から25歳までの一年間が主な舞台です。

大学を卒業した世之介ですが、一年留年したために折からの就職氷河期にぶつかり、きっちり職にあぶれている24歳です。今日も今日とて池袋のパチンコ屋に勝負に出かけますが、新台を吉原炎上と仇名する若い女に取られ、腐ります。

世之介は、親友のコモロンと飲みに行きます。その居酒屋で、世之介に向かって、あっ!八つ墓村!と叫んだのが従業員の例の吉原炎上こと浜本でした。彼女との逸話を話したい世之介でしたが、コモロンは自分の会社の話を強引にした後で、世之介のことを思い出すとほっとする、世之介みたいな奴でもちゃんと生きていけるんだもんなぁと言います。

世之介がいきつけの床屋に向かうと、店をのぞいていたのはあの浜本でした。そして、世之介に、カットしてもらうときはどういう風に頼むのよ?と聞きます。その後世之介が髪を切ってもらっていると、浜本が再び店に現れます。丸坊主にしてくれ、という彼女に、理容師は怯え、世之介に切るまで店に居てくれ、と頼み、浜本もなんとなく居て欲しそうでした。気のいい世之介は同席します。浜本と世之介は、名前を教えあって別れます。

浜本は48歳になっています。銀座に自分の寿司店を持ち、15年間定休日以外には、親の死に目にも休んだ事がありません。今日は初めての臨時休業です。知り合いが出るマラソンの応援に行くのです。日吉亮太選手の応援でした。彼は母の桜子との母子家庭で育ちました。浜本は、27年前に彼らと付き合い、その後は全く連絡していませんでしたが、当時の写真をいまも懐かしく眺めていたのです。

その時、電話がかかります。今度開業する有名ホテルに寿司屋を出店しないかと言われていました。浜本はOKしたのでした。浜本はその交渉相手に、かつての世之介の姿を見ていました。初めて会った世之介をなぜか浜本は信頼し、世之介も自分を信頼していることが感じられたのでした。

舞台は27年後に戻ります。世之介はまたコモロンと、浜本の店で飲んでいます。浜本は寿司屋で働くのが自分の夢だ、と語ります。そして、今の髪形にしたのをなぜか、と聞かなかったのは二人だけだ、と言います。世之介はなぜ聞かなかったのかわかりません。ただ、髪形に対する興味、というのは自分だけのものであって、浜本には一切関係のないものだ、と理解していたのでした。

世之介は、乾物の会社でバイトしています。なぜか社長に気に入られて食事をおごってもらったりしています。会社のBBQにも誘われます。更に正社員にならないか、と言われます。しかし社長の右腕の経理担当に嫌われます。それをコモロンに愚痴ると、世之介はその社員のような会社と心中する覚悟が足りないのだ、と指摘されます。また行きつけの理容師に、浜本は就職先の寿司屋でいじめられている、と告げられ、会ってやれ、と言われます。

世之介はコモロンのアパートで飲んでいます。双眼鏡で見ると、目の前のマンションに暮らしている母子家庭と思しき美人を発見します。酔っぱらったコモロンは、彼女のマンションに行ってみたい、と言い出し、世之介と共に本当に行ってしまいます。コモロンはずんずんマンションに入っていき、彼女の部屋の階に到達します。着いてみると、「りょうた!りょうた!」と絶叫する彼女の声が聞こえました。どうも子供が何かを喉に詰まらせたようでした。部屋に入った世之介は、背中を叩き、喉につまったビー玉を吐き出させます。子供は一命を取りとめたのでした。

世之介はコモロンと市民プールに来ています。世之介はバイト先で小銭の盗難を疑われ、首にされたのでした。その世之介の前に、子供と現れたのが、マンションの美人でした。世之介は二人について子供用プールに行き、二人は自己紹介します。美人は日吉桜子でした。子供を遊ばせようかという世之介の申し出を桜子はあっさり受け入れ、世之介はしばらく亮太と遊びます。世之介と桜子は話し込みます。

世之介は住居は池袋だと言い、東京の東側は柄が悪く、特に小岩は悪い、と言います。桜子はその小岩出身でした。世之介が調子に乗って喋り出すと必ず地雷を踏みます。しかし桜子は、確かに小岩が悪い。あんな小岩だからアタシみたいな女が育つんだ、と言い放ちます。あ、本物だ、と世之介は怯えます。そろそろ帰ろうと提案すると、遊んでくれたお礼にそこの蕎麦屋で奢る、と言います。そう、この手の女には子分肌の男を嗅ぎ分ける能力がある、と痛恨する世之介でした。

お互いが水商売である、とわかった二人は蕎麦屋でビールを飲みます。亮太の父親はどんな人か、と聞くと、クズ、死ね、と顔で笑って言いながら目は笑っていません。更に、世之介が免許を持っていることを聞くと、実家の車で横浜にドライブに行こう、と言います。横浜に着いて公園に座ると、目の前で自己啓発セミナーの実習をやっていました。なんとそこで歌っていたのはコモロンでした。思わず助けに駆け寄る世之介でしたが、コモロンは助けはいらない、と言います。コモロンは大手証券会社を退職し、自分を変えるべくセミナーに応募した、と言うのでした。

世之介は、開通したレインボーブリッジをみんなで渡ります。参加するのは桜子と亮太、それにコモロンと浜本です。仕事中の浜本の店に行き、浜本を誘ったのでした。桜子と浜本はなにせ元不良同士、妙に気が合います。ドライブ後、コモロンと浜本が帰った後、桜子は実家で料理するからみんなで食べようと言います。初めて兄貴と父親に会う世之介はさすがに焦りますが、今日会うか、来週会うかの違いでどうせ歓迎されない、と桜子は言い、買い物を始めます。桜子の実家は自動車整備工場でした。緊張する世之介でしたが、いかつい父親と兄貴は、平然として世之介と鍋を囲みます。

ある日世之介はバイト後亮太を保育所に迎えに行き、桜子と一緒に帰ります。アメリカにコモロンと二週間旅行する、アゴ足付きの上に日当も出す、と言われて快諾した。しかも今バイトしている店が倒産する、と言う世之介に、桜子は、アンタを食わせてやる気は無い、と言い切ります。世之介はヒモになる人物と見られています。

世之介とコモロンはアメリカに渡ります。免許を持っていないコモロンは世之介にレンタカーを運転させてアメリカを旅行しようと言うのでした。英語をしゃべる時のコモロンはものすごく強気になります。世之介は旅行の様子を逐一カメラに収めます。とても楽しい旅行でしたが、英語を巡って険悪となり、ニューヨークで置いてけぼりにされてしまいました。

世之介は桜子の実家に入り浸り、工場の下働きをしています。妙に居心地が良いのです。桜子は池袋の店を辞めてこっちに戻る、と言います。帰りがけに桜子の兄貴の隼人と会い、地元のスナックに飲みに出かけます。アメリカの話で盛り上がります。スナックでは光司の話が出ます。隼人と光司は中学の時、大喧嘩し、打ち所が悪かった光司は以後ほぼ植物状態になっていました。以後隼人は光司の実家に毎日曜日に出向き、許されて光司の相手をしていたのでした。

一年間が過ぎました。世之介たちは、桜子一家たちと近くの河原で総勢11人でBBQをします。浜本も参加します。そこに光司も車椅子で参加します。世之介は、アメリカ旅行の写真をコンテストに出すべく投函しました。

パチンコ屋で世之介は隼人と出会います。隼人は、仕事がないならうちを手伝え、と言います。桜子の実家に行くと、悪いことをした亮太が桜子にこっぴどく叱られて泣いていました。自分の方が強いから友達のおもちゃを取った、という亮太に、世之介は強いと言う事はどう言うことかを諭します。

桜子と世之介は、駅前のスーパーに来ています。ほとんど共通点の無い二人ですが、スーパーでの買い物が共通の趣味でした。時代は価格破壊の時代の始まりです。ここからゆっくりと日本はデフレの世へと転げ落ちるのでした。帰りに桜子の友達と会った二人は友達に初めての事を言われます。前の夫より与之介の方が良いと言われたのでした。初めて桜子は前の夫の事を世之介に話します。彼は夢見る冒険家だったのでした。

桜子は亮太の東京オリンピックマラソンの応援に来ています。亮太は小学校五年生の頃からマラソンに頭角を現します。桜子はその頃水商売を辞め、保険の外交員として忙しく働いていました。この頃世之介とは既に恋愛関係にはありませんでした。しかし世之介はよく亮太に会いに来ており、彼を預かったりしていました。その関係が消滅したのは亮太が中学に上がった頃でした。

桜子は回想に浸ります。母が出奔したのは彼女が小学四年生のときでした。理由はわかりませんでしたが、兄弟はぐれてしまい、桜子はスナックの店員なのか高校生なのかわからない学生生活を送り、元の夫と出会いました。亮太の妊娠と供に、自分の夢と未来しか考えない彼は去りました。しかし亮太が小学校に上がる頃、息子に会いたいと言ってきます。世之介に相談すると、自慢の息子なんだから大自慢して会わせればいい、と言います。時々会うようになった親子でした。でも今ゴールに向かってくる亮太は、父親よりも世之介に似ている、とふと思う桜子でした。

世之介は桜子の実家で働いていました。ここの仕事は大変彼に向いていました。単純作業が性に合っていたのでした。浜本も良く出入りしては夕飯をご馳走になったりしています。彼女は世乃介と桜子が既にゴールを切っている感じがする、と感想を述べます。でも幸せな時には得てしてそれを実感できないものなのでした。

ところで、世之介が桜子に最初のプロポーズをしたのは会った年の年末でした。何となくはぐらかす桜子でした。応募していた写真コンクールの結果が届き、落選でした。突然ギックリ腰に襲われ、救急搬送されました。自宅に戻って寝ていると、父親が突然上京してきます。そして父親に言われます。今日の事を覚えておけと、今日がお前の人生の底だ、あとは浮かび上がるだけだと。

正月を迎え、桜子の実家でたらふくお節をご馳走になり、コモロン、浜本、世之介と桜子の実家の面々は初詣に繰り出します。そして、拝殿で願い事をした時、世之介は驚きます。自分は今、生まれて初めて自分以外の誰かのことをお願いしたのでした。コモロンと世之介は飲みに行きます。コモロンは、アメリカへ留学するのは世之介のお陰だと言います。世之介はいつ見てもゼロなので、それを見ていると、いつでもゼロからスタート出来るなと思えると言います。

世之介は、盛んに工場での作業の様子などを写真に撮っています。そこへ光司の家から電話が入ります。光司が急変したと言うのです。結果、光司は亡くなります。悲嘆にくれる隼人でした。世之介も葬式に参加します。隼人の懺悔と後悔は皆に伝わります。許されぬ罪と癒やせぬ傷がありましたが、みんなが必死になって癒やそうとしてきたのでした。世之介と二人になった隼人は尋ねます。光司は自分の事を許してくれたのかと。分からない、と答える世之介でした。

東京はその日雪でした。桜子の実家に行くと、大人たちは葬式で出かけます。世乃介は亮太と雪遊びです。ポリバケツの蓋を橇代わりにして遊びます。他の子供たちも橇滑りを楽しみます。そこへ隼人が現れます。世乃介の写真を地方の町のコンテストに勝手に出したら佳作に当選した、と言います。初めて誰かに認められて喜ぶ世乃介でした。表彰式で、有名写真家に世乃介の本質を言い当てられ、写真家の元で修業に励む世乃介でした。

亮太は東京パラリンピックのマラソンの伴走者をします。身重の妻の千夏も応援に参戦します。そこへ手紙が届きます。隼人からでした。隼人は外国船に乗って仕事をしていました。手紙を見ながら亮太は隼人や世乃介と過ごした幼い日々を思い返します。世乃介と土手を走るのがその頃一番楽しかった事でした。でもその世乃介とも次第に疎遠になりました。その世乃介の消息を聞いたのは大学一年の時でした。

桜の咲く中、世乃介は隼人と話します。隼人は光司の部屋を片付けたら気が抜けた、と言います。浜本が現れて世乃介と飲みます。浜本は、初めて店で包丁を持たせてもらったと言い、世乃介は、桜子に二度目のプロポーズを断られた、と言います。スナックに行くと、隼人が居ました。隼人と世乃介は、河原で話します。隼人はどっかへ行っちゃおうかな、と言い、世乃介はどこへ行ってももう許される、と言います。

世乃介は追憶します。この一年間は全くダメな時期であったけれども、ダメな時期にしか出会えない人もいるだろうと。とすれば、人生のスランプも万々歳と言うものだろうと。隼人は旅立ちます。そして自分の母親も、いなくなった日は今の自分のような幸せな気持ちだったに違いないと世乃介に言います。

亮太は隼人の手紙を読みます。その手紙には、今まで亮太が出した手紙同様、世乃介の事が書いてありました。最後は吉田先生独特の良い台詞で締められていました。

世乃介は大変良い主人公ですね。ぼ~っとしているようで妙に頑固で天邪鬼。結構ずるく立ち回ろうとする時もありますが、ひたすら良い奴でした。世乃介のキャラが横溢しているこの小説を読んで、しみじみ世乃介の良さが実感されました。










by rodolfo1 | 2019-04-29 02:50 | 小説 | Comments(0)

アンソニー・ホロヴィッツ作「カササギ殺人事件・下巻」を読みました。

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アンソニー・ホロヴィッツ作「カササギ殺人事件・下巻」を読みました。
上巻は、劇中小説、アラン・コンウェイ作、カササギ殺人事件の記載がほとんどでしたが、下巻はまったく異なります。上巻のはじめにちょっと登場した小説編集者、スーザン・ライランドが主人公となります。スーザンは怒り狂っています。楽しみにしていたカササギ殺人事件の終末が紛失しています。社長で上司のチャールズ・クローヴァーに連絡しますが、応答はありません。そんな中、ラジオで驚くべきニュースが流れます、アラン・コンウェイが死んだ、と言うのです。

あわてて出社すると、社長の下には、アランからの遺書が届いていました。末期がんに侵されて余命数ヶ月の身だといいます。自分の自信作、滑降の出版をもう一度検討してくれ、ともありました。しかも社長の持っていたゲラにも結末はありませんでした。この結末がないのは、出版社にとっては致命的な痛手です。正直経営のうまくいっていない出版社にとって、大当たりを取るのが当然のこの小説を出版出来ないのは、会社にとって致命的な事態なのでした。

そもそもアランを見出したのはスーザンでした。さえない中学教師だったアランが書いた小説を、スーザンの妹に頼まれて読んだのが始まりでした。実際会ったアランは嫌なやつでした。自尊心が強く、スーザンとは口争いが絶えません。ついにアランとの折衝は社長が行うことになり、スーザンは編集業のみに携わります。しかし小説は売れます。

スーザンは残りの原稿をあちこち探します。まずアランの家を訪問します。アランは自宅の塔のてっぺんから身を投げたのでした。そこにいたのは若い同居人のジェイムス・テイラーでした。彼とアランとはゲイの愛人関係にありました。アランは彼と同居するべく妻子を捨てたのでした。しかし浮気癖の抜けないジェイムスはアランに追い出されようとしていました。もちろんアランの財産の相続人からもはずす手続きを弁護士にされている最中でした。その前にアランが死んだのです。弁護士に呼ばれてジェイムスは屋敷に戻りました。屋敷にも原稿はありません。しかしアランの予定表を見ると、劇のチケットやテニスの約束など、楽しそうな予定がそのままにしてありました。不審を抱くスーザンでした。

次にスーザンは、弁護士の元を訪ねますが、そこにも原稿はなく、弁護士はアランの自殺にはまったく心当たりが無い、と言います。スーザンは、アランが熱心に最近まで手を入れ続け、出版を熱望していた小説、滑降の原稿を読みました。駄作でした。こんな駄作に価値を見いだしていたアランに呆れるスーザンでした。

次にアランの姉を訪ねます。かつては原稿の整理などをしていた彼女は、自分だけが弟の事を理解している、と断言し、自殺などするはずはない、あれは殺人だ、と言い張ります。アランは隣人のファンドマネージャー、ジョン・ホワイトと揉めていたし、他の作家から脅迫も受けていた、と言います。そして遺書が自分宛で無かった事に深く失望します。最近は弟との関わりが無くなっていたのでした。もちろん原稿はありません。

スーザンは妹を訪ねます。近くに住んでいたのでした。仲のよい妹は、スーザンのギリシャ人の彼との仲を尋ねます。アンドレアスという名前の彼は学校教師をロンドンでしており、今は休暇でクレタ島に帰っています。結婚の話はスーザンから遠ざけています。

ロンドンに戻ったスーザンに元にアンドレアスが帰国してきます。彼とスーザンは勤務先の学校で知り合ったのでしたが、実はその学校にはアランも、アランの妻のメリッサも勤めていてみな顔見知りでした。そしてアンドレアスは、勤務先の学校を辞め、クレタ島に友人とホテルを買って経営しようと言い出します。そしてスーザンも一緒に来るよう言います。プロポーズでした。とりあえずスーザンは返事を保留しました。

スーザンはチャールズに首尾を報告し、最後にアランと会った会食の事を尋ねます。アランはいらいらしていて、別の客の皿をひっくり返したウェイターに文句を付けに行った、と聞き、そのウェイターを訪ねます。そのウェイターは、アランの事を知っていました。実は作家志望で、自分のプロットをアランに取られた事を恨みに思っていました。彼からアランとチャールズが深刻な議論をしていた、と聞き、隣の客がそれを聞いていたのではないかと思います。その客は実はアガサ・クリスティの実の孫でした。スーザンは彼を訪ねます。

孫はスーザンに語ります。アランとチャールズは、カササギ殺人事件の題名について揉めていたと。アランは激昂していたと言います。さらに孫はスーザンに語ります。アガサはエルキュール・ポワロが大嫌いだったそうです。アガサはありとあらゆる物語を書きたい、と望んでいたのに出版社はポワロ物しか書かさなかったのがその原因でした。

スーザンはチャールズとアランの葬儀に出掛けます。車の中で、チャールズは、引退して孫と暮らしたいので社長を引き受けないか、とスーザンに打診します。共に墓地に向かう二人の前に、カササギ殺人事件と寸分違わぬ光景が広がります。そして多くの登場人物を目の当たりにして、スーザンは、アランがさまざまな実在の人物の名前をアナグラムにして、小説の登場人物を作った事に気がつきます。アランの趣味はアナグラムだったのでした。牧師が弔辞を述べ、その中で気になる事を言います。多額の寄付の見返りとして、アランはこの教会の墓地を使うことを要求した、と言ったのでした。

葬式に来ていた会葬者の一人は中折れ帽をかぶっており、顔が見えません。小説と同様、式の途中で身を翻します。その後を追ったスーザンに男は、身分を明かします。彼はアランの小説のドラマ化をしている会社のプロデューサーでした。アランはこの会社とも揉めていました。脚本を書かせろとか、配役に指図するとか、ほとんどの要求は理不尽なもので、ドラマ化は頓挫していたのでした。アランの死は彼にとって福音でした。

クラウンホテルではアランのお別れパーティーが盛大に催されていました。その席でスーザンは、牧師に尋ねます。アランとは古い知り合いだったのかと。牧師は口を濁します。次々と怪しい人物ばかりが出てくる状況で、スーザンは、チャールズに、やはりアランは殺されたのではないか、と言います。チャールズはそれは会社の利益にならない、とスーザンを諭します。その最中、ジェイムスがスピーチします。自分がアランの遺産の大部分を相続することになったと。

アランの姉、クレアが弟との小さいころの暮らしについてまとめた文章をスーザンに寄越します。二人の父は私学校の校長で、物凄く厳格な教育を学生及び二人に強いていました。しかし弟は元気いっぱいで、様々な暗号やアナグラム、クロスワードなどを工夫して、父親から自我を守っていたのでした。アランが15歳になった頃、父親は重い脳卒中に倒れて再起不能となり、姉弟は父親の束縛から逃れます。アランは最初広告会社に勤めますが、小説家を志して大学院に進み、やっと書き上げた小説は、一顧だに顧みられませんでした。不遇の内に国語教師として生計を立てることになったアランは、同僚であったメリッサと結婚します。そのメリッサが鬱々としていたアランに、ミステリを書いてみるよう勧めたのでした。そして自らと弟の関わりについて記し、刊行前の小説を見ることなく自殺する小説家は居ない、と更に断言します。

たまたま夜の教会で、牧師に出会ったスーザンは更に彼に尋ねます。アランに何かされたのかと。牧師はアランが行った事をあいまいに認めます。

ホテルのレストランでスーザンは、ジェイムスと意気投合して飲んでいます。ジェイムスはスーザンに色々な事を教えてくれます。アランの仕事の進め方、実はアランもアティカスを嫌っていた事、アティカスシリーズは9作でもともと終わる予定だった事。そこに何か秘密がある事。ジェイムスの生い立ちと来し方の事。アランとの馴れ初め。べろべろに酔っぱらって車で帰ろうとする彼を引き止めて、車の鍵を預かるスーザンでした。

翌朝、鍵を返しに屋敷を訪れたスーザンは、ふと思いついて。隣家を訪問しました。隣のジョン・ホワイトは、スーザンを迎え入れ、アランとの揉め事を語ります。そんな中、スーザンに驚くべき写真が送りつけられます。塔の上で、ホワイトがアランの両肩を掴んでいる写真でした。その写真を見て、スーザンには謎の一部が解けてしまったのでした。その鍵を握る人物にスーザンは偶然出くわします。実は。。。。

いや素晴らしい。いわゆる劇中小説ミステリですが、それでなくても劇中小説をうまく成立させるのは難しいのに、さすがは練達のストーリーテラー。劇中小説も、小説そのものも素晴らしい練度のミステリに仕上がっています。緑豊かな英国の田園を舞台に事件が起こり、劇中でも現実でも多くの容疑者が交錯する中、真の犯人と動機は全く意外なものでした。英国ミステリの王道的作品であると思いました。




by rodolfo1 | 2019-04-26 02:20 | 小説 | Comments(0)