タグ:小説 ( 125 ) タグの人気記事

乃南アサ作「地のはてから」下巻を読みました。

d0019916_18141365.jpg
乃南アサ作「地のはてから」下巻を読みました。とわの勤める越前洋品店の次男、真が帰国します。しかし真の様子は変わっています。ろくろく物も食べず、奇声を発します。なんでも神経衰弱にかかっている模様です。その頃、アメリカでは大恐慌が起こりました。次第に景気が悪化し、企業の倒産が増加します。越前洋品店も経営危機を迎えます。そんな中、小康を得た真は、とわを映画に連れ出します。とわにとっては初めての経験でした。しかしその後、真と越前洋品店は。。。。

とわは知床で夏を過ごしています。兄弟達の成長に驚きますが、宇登呂が全く変わっていない事にも驚きます。彼らは貧乏に喘いでいました。とわは次の働き口を探しましたが、赤痢をうつされ、クビになってしまいます。やっと回復したと思ったら、兄の直一が徴兵されます。宇登呂でオオウバユリを掘っていたとわは驚きの人物に出会い、束の間のロマンスを経験します。

宇登呂の実家では、かつていがみ合っていた兄弟達が次第に団結してきていました。そんな中、長男の新造ととわに縁談が持ち上がります。新造の嫁は美祢世といい、いかつい女性でしたが、実に闊達な女性でした。しかも馬一頭を持参する、と言います。とわの相手は農家の次男、片貝松二郎と言い、斜里町に住んで事業をする、と言います。必死に抵抗するとわでしたが、直一は大体の事情を察し、とわに諦めるよう告げます。この時代はそれが当たり前だったのでした。

昭和8年にとわは結婚します。福助にそっくりな松二郎は、古着屋を始める、と言い出します。彼が古着を集めてくるので、とわがそれを仕立て直して売るのだ、と言うのです。全くやる気も覇気もなかった松二郎にとわは失望しますが、とりあえず商売は立ち上がります。日本は満州を侵略し、国際連盟を脱退します。次第に不穏になってくる世相の中、とわは妊娠します。今後は子どもの為に生きる事を決意するとわでした。

北海道は農業は凶作でしたが、漁業は賑わっています。しかも硫黄の商売が当たり、周辺の人々は潤います。とわの家もやや潤いますが、次々と時流に乗って行く周辺の人たちに比べ、松二郎は全く発展性がありません。次々と子供が生まれる中、とわは事業を拡張しようとしますが、松二郎は全くやる気を見せません。とわはここでも諦めます。日本は二・二六事件をきっかけに急速に軍国化して行き、多くの若者達が出征し、次第に戦死するものも増えて来ました。とわは二男二女の母になっていました。

日本はアメリカと戦争になろうとし、松二郎にも召集令状が届きます。いつもはいがみ合う夫婦でしたが、流石に今度ばかりは松二郎を哀れに思うとわでした。ついに日本は真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入して行きます。日本はどんどん物資が無くなります。古着も糸も手に入らなくなり、とわは藁をもらって来て藁靴を作って売ります。長く続く凶作についに稲作を諦めた政府は、田んぼを畑に戻すべく畑の水を抜く作業を行います。その結果、地中の泥炭に火が付き、野火が起こります。その野火はとわの家に。。。。。

苦しい暮らしの中、とわには新たな仲間が出来ます。彼女らと共になんとか暮らしを繋いでいくとわでしたが、戦局は更に悪化し、ついに日本が空襲され始めます。フキノトウを探しに出たとわは、驚きの人物と再会するのです。

昭和20年、ついに終戦が宣言されました。北海道には空襲で焼け出された東京や大阪の人たちが開拓にやって来ます。とわたちは彼らを出迎えます。松二郎が復員して来ましたが、ひたすら物を食べるばかりで全く仕事をしません。あまつさえ団子を取り合って子供を殴ったりします。ここでもひたすら耐えるとわでした。

昭和33年、ついについに斜里から宇登呂までの道路が開通します。陸の孤島だった宇登呂についに町の風が吹き込むのです。とわ家族はその道路を使って久しぶりに実家を訪ねる途中です。子供はそれなりに育ち、松二郎も就職しますが、浴びるほど酒を飲み、家族からも敬遠されていました。とわは道々子供達に、昔はこの崖を登って行き来した話をし、子供達は驚きます。とわは自分の人生を子供達に語りながら振り返ります。母親の待つ宇登呂へととわ達は進んで行くのでした。

北海道の開拓史を描いた物語は圧倒的です。道民は涙無しにはこの物語を読めないでしょう。しかし、しばしば小説は、圧倒的な物語に出会うと、一種の伝記になってしまい、小説としての虚構を失ってしまいます。これだけの長い小説が、あまりにもさらっと読めてしまうのは、小説としての葛藤が少ないためではないでしょうか?乃南先生畢生の大作のはずなのですが、一大小説としていまいち盛り上がらなかったのは、そのせいではなかったかと思いました。



更新を通知する




by rodolfo1 | 2019-02-11 02:16 | 小説 | Comments(0)

乃南アサ作「地のはてから」上巻を読みました。

d0019916_13050951.jpg
乃南アサ作「地のはてから」上巻を読みました。北海道開拓史に題を取った作品です。ネタバレしますのでお嫌な方は半分以降は読みとばしてください。冒頭は当時配られた北海道移民の手引きです。政府が公然と人民を欺いた証拠のような良いことばかりを記した手引きであります。なにせ当地はこの現代にして、地元民がホワイトアウトに遭遇して、自宅からほんの5分の場所で亡くなるような場所であったわけです。

福島県神俣に生まれた登野原作四郎は、豪農の家に生まれ、父親ほども年の離れた兄に甘やかされて育ち、働きもせずに夢ばかり見ています。なにかと言えば東京に赴き、新知識を仕入れ、株で一旗あげようと実家から大金を引き出し、お決まりのように借金まみれで帰郷し、北海道移民をする、と妻のつねと長男の直一、長女のとわに告げます。気の進まない三人でしたが、作四郎は強硬です。郡山で三々五々、さまざまな家族が駅に集まって来ます。

家族たちは雪の青森にたどりつきます。移民船はここから北海道の函館に向かいます。板子一枚下は地獄、という言葉そのものの辛酸をなめた航海の後、やっと家族たちは函館にたどりつきます。更に鉄道で陸路をたどり、網走まで到着したのは深夜の11時になっていました。ところが目的地の宇登呂までは冬には入れない、と告げられます。海が開くとともに、宇登呂のまだ先のイワウベツに入植した作四郎達は、二年前に先に入植した俊吉たちと開墾に励みます。しかし開墾作業はひたすら巨木を倒すきつい労働であり、イワウベツまで往復する道のりだけでも脱落者が出る程でした。多くの入植者はこの時点で脱落しています。しかし作四郎たちは残りました。

作四郎たちはイワウベツに小屋を拵えます。北海道で暮らすノウハウは俊吉たちが教えてくれます。しかしまだまだ耕作には至らず、作四郎たちは宇登呂へ漁師の出稼ぎに出掛けます。その頃、とわは、三吉、という現地人の子供と知り合います。三吉はとわに山ぶどうの実をくれたり、胡桃や食べられる茸をくれます。しかし三吉、という子供は入植者の中には見当たりませんでした。漸くイワウベツにも学校が出来、とわはぼつぼつと字を習い始めますが、三吉は学校には行かないと言います。そんなとわと三吉の前に不気味な黒い雲のようなものが現れます。バッタの大群でした。

厄災が始まります。バッタは大発生してすべての作物を食い荒らしてしまいます。二回目の冬越しを迎えますが、バッタの被害は止みません。折から部落には病気の子供が出て、橇で流氷の上を医者まで運ぼうとしますが、子供は途中で亡くなり、母親も産気づいて帰って来れなくなりました。海開けの後、その家族もいなくなりました。そうした中、三吉が初めてとわの家を訊ねて来ます。彼はフチ、と呼ぶばっぱを連れて来ており、フチはこの先食べるものに困るからトゥレプアカムを作れ、と言います。オオウバユリの球根から取り出した澱粉の事でした。

更に厄災は続きます。作四郎が家出をします。よその女の処に転げ込んだのです。つねととわは作四郎の元に談判に行きますが、作四郎は戻りません。その作四郎が亡くなります。海に落ちたのです。

大正十一年三月、つねは縁あって直一ととわを連れて再婚します。相手は茶志骨原野に住んでいる栗林彦治郎という農家で、妻を亡くし、三人の男の子と父親仁平の5人家族でした。とわは、神俣に帰ろう、と提案しますが、つねは帰れない、と告げます。作四郎の死後、つねは神俣に手紙を出したのです。それにはつねらの居場所は神俣には無い、と書いてあったのです。つねは直一ととわに、なにがあっても辛抱しなくてはならない、と言い聞かせ、輿入りします。

栗林家との暮らしは厳しいものでした。まず言葉が通じません。つねの作る食事は栗林家の人々にはあわず、つねは常に小言を言われ続けます。三兄弟はとわと直一をいじめ、直一は何をされてもやり返しません。とわと直一は小学校に通い始めます。そこでも兄弟は直一をいじめ続けますが、直一は決して逆らいません。しかしとわは違います。兄弟を突き飛ばし、どんどん走って逃げてしまいます。不思議な事に誰もとわを追いかけて来ません。とわの足は驚くほど早かったのでした。とわは足の早さを校長先生の奥さんに褒められます。生まれて初めて褒められてとわは驚きました。

茶志骨の農業はイワウベツよりも進歩していました。つねは、イワウベツの人達は何も知らないでただ鍬をふるっていただけだったのだ、と悟ります。しかもこっちにはバッタの被害はありません。イワウベツは今でもバッタに襲われていたのでした。とわは炊事を担当し始めます。とわの炊く粥はつねよりもうまい、と栗林の人に言われます。とわが粥を炊くようになってから、三兄弟はとわへの苛めを止めました。その頃、イワウベツからすべての開拓民がいなくなった、という知らせが入りました。

その頃、つねにはスヅという女の子が生まれます。取り上げた産婆はアイヌの婆さんでした。フチ、というのはアイヌ語でばっぱの事だ、ととわに教えます。三吉とフチはアイヌ人だったのだととわは悟ります。成績の良かった直一は、高等小学校進学を勧められますが、彦治郎は首を横に振り、直一は断念します。十歳になったとわは、ニシン漁のモッコ担ぎ仕事を始めます。その頃関東大震災が起こったという知らせが北海道に届きました。

つねは光男という男の子を出産します。彦治郎は新しい小屋を建てます。壁は板張りで屋根も柾葺きの立派なものでした。床も板張りできっちり炉が切られています。茶志骨は地味豊かな土地でした。初めからここに入植していれば違った人生になっただろうという感慨をつねは持ちます。家では手伝いばかりの毎日でとわはすっかり腐っていました。ところがとわは、校長先生の奥様に裁縫を習い始めます。裁縫をしている時だけがとわの心休まる時間でした。しかも合間には少女倶楽部といった雑誌を読ませてもらえます。それにはとわたちの全く知らない上流の暮らしが描かれていました。とわたちの進路は次第に別れて行きます。待合に奉公に出るもの、高等女学校に行くもの。格差を感じるとわでした。

そんな中、驚きの事件が起こります。とわの家が火事で全焼し、彦治郎が亡くなったと言うのです。火元は仁平じいさんでしたが、じいさんは錯乱し、惚けてしまいます。家族はみな三沢さんという家に引き取られていました。家族は畑に小屋を建て、そこで住み始めます。そんな中、校長先生の奥様が現れます。とわが縫いかけていた羽織をみんなで完成させ、それと奥様の袷をつぶして縫った袷を着て卒業式に来い、と誘ってくれたのです。とわは大喜びで参加します。生まれて初めてとわは幸せ、というものを実感するのです。

とわは、つねに小樽に奉公に出てくれ、と頼まれます。手付金ももらってしまった、と言います。買い物に出たつねは、まだ始まっていない生理、というものについてとわに教え、その用意に生理帯にする晒を買います。そして、帰路、つねはとわに、自分はあの海に突き出た岩のような人生だった、と述懐します。そして、もう戻ってくるなどとは思うな、ととわに言います。自分はお前たちに何も出来なかった。ただあの岩みたいに波をかぶっていただけだ、と言います。自分のような生き方をとわにはさせたくないと言うのです。とわは小樽に向かいます。

小樽は驚愕の大都会でした。カレーの匂いがし、蒸気機関車が町を走っていました。建物が石で出来ていたことも驚きでした。働き先は、用品雑貨の卸を営む越前原右衛門商店でした。奥様は再婚で元は芸者でした。とわの仕事は末っ子の衛坊ちゃんの世話、あとは雑用でした。この家には井戸があり、水は欲しいだけ使えます。奥様と長女の武子とは犬猿の仲でした。他の家族は、外で暮らしている長男の基と次男の真です。真は軍事教練の事で問題を起こし、西洋に行かされていました。時代は次第に暗雲を帯び、労働争議や治安維持法といった話題を大人たちはしばしば語り始めていました。

この家では以前と全く違った生活がありました。風呂、木の葉ではなく綿の入った布団、そして何よりも食事でした。とわはこの家に来て以来、粥を食べたことがありません。いつも麦の入ったご飯を食べています。この家に来てからというもの、とわは空腹で目が覚めるということがただの一度もありませんでした。しかも女中部屋にはすきま風も入らず雨漏りもせず、電気も点きました。

とわは小樽での初めての正月を迎えます。大晦日にはお節料理を食べて元旦にお雑煮を食べる、と聞いてとわは驚愕します。とわはまだ餅を一回しか食べたことが無かったのでした。しかし暮れの二十五日に天皇陛下が亡くなります。昭和がいよいよ始まります。とわは武子にもらった少女倶楽部を熟読し、まだ見ない世界に想いを馳せます。

昭和の始まりは大不況の始まりでした。あちこちで倒産の噂が飛び交い、労働争議が起こります。奥様には二人目の子供が生まれ、とわはてんてこまいです。越前原商店では、店員が共産党員であったため逮捕者が出ます。武子が嫁に出るなど、次第に商店も変わって行きます。そんな中、次男の真坊ちゃんが帰国します。いろんなものが変わって行き、ついに家族にはもう会えないのかも、と考え出したとわでありました。下巻に続きます。




更新を通知する




by rodolfo1 | 2019-02-10 02:13 | 小説 | Comments(0)

東野圭吾作「沈黙のパレード」を読みました。

d0019916_12395515.jpg
東野圭吾作「沈黙のパレード」を読みました。ガリレオシリーズ最新作です。ガリレオシリーズではありますが、今回湯川先生はいつもの物理実験をしません。単なる謎解きミステリになっています。

静岡県菊野にある食堂なみきやの長女が行方不明になってからもう三年間が経過しています。並木夫婦と次女の夏美はじっと長女の帰りを待っています。長女の並木佐織は大変歌のうまい子でした。近所に住む資産家の新倉夫妻は、そんな佐織を歌手としてデビューさせようと無料でレッスンを引き受けていました。そこへ静岡県警から連絡が入ります。同じ静岡のとあるゴミ屋敷が放火され、その焼け跡から死んだ住人とともに佐織の体が発見されたと言うのです。

捜査線上に死んだ住人の息子が浮かび上がります。その男、蓮沼は東京で行方不明になった本橋優奈ちゃん殺人事件の被告となった男です。優奈ちゃんの母親は責任を感じてか飛び降り自殺してしまいます。状況証拠から蓮沼の有罪は間違いないと思われました。しかし蓮沼は犯行を全否定し、以後完全黙秘します。驚いた事に判決は無罪、蓮沼は釈放され、賠償金まで手に入れました。

事件はガリレオシリーズの常連、草薙と内海刑事二人に託されます。草薙は優奈ちゃん事件の捜査にも携わっていました。内海は草薙に、菊野と言えば、あの物理学者湯川が住んでいる、と言い出します。アメリカへ留学していた湯川は帰国し、教授として菊野で働いていたのです。

折しも菊野では、年一回の有名なイベント、キクノ・ストーリー・パレードというコスプレ日本一を決めるパレードが開催されようとしていました。草薙と内海は菊野を訪れ、並木家を訪ねます。そこで佐織には高垣、という恋人が居た事を耳にします。草薙達は蓮沼を尋問しますが、やはり蓮沼はしたたかで、拘留を解かれます。

草薙は湯川を訪ねます。蓮沼事件の事を相談すると、珍しく湯川は興味を示します。湯川自ら食堂なみきやに足を運び、常連であった食品工場の社長戸島や、新倉夫妻、再び店に顔を出し始めた高垣らと知り合い、自らも常連となっていきました。

その頃、蓮沼の足取りを追っていた草薙達は、蓮沼が以前勤めていた廃品回収業者の倉庫を訪れ、そこに勤務し、かつその倉庫に住んでいた増村という男の元を訪問していたことを突き止めます。しかも蓮沼はその倉庫に同居しはじめたと言うのです。増村は四十年ほど前に傷害致死の前科がありました。

その頃、戸島が新倉の元を訪れます。用件は蓮沼についてでした。戸島は幼馴染の並木に頼まれ、どうせ今回も罰せられない蓮沼を自分らで罰しようと計画している。ついては手を貸せ、と持ちかけます。戸島は高垣にも声を掛けました。高垣は加担する、と申し出ます。

いよいよパレードの日になりました。湯川は並木家の夏美とパレードを見物していました。そんな中、夏美は両親に呼び出されます。客が腹痛を訴え、並木夫婦は客に付き添って病院に行くので店に戻れと言うのです。パレードは無事終了して、食堂には常連客や、パレード実行委員長の宮沢麻耶が現れ、パレードの余韻を味わっています。そこへ思わぬ知らせが舞い込みます。蓮沼が住んでいた倉庫で死んだ、と言うのです。蓮沼の死因は不明。草薙と内海達は、関係者のアリバイを探りますが、ほぼ全員がアリバイを持っていました。

湯川たちは一つ一つのトリックを暴いていき、ついに事件の驚くべき全貌が。。。。。。

ミステリとしては大変良くできていたと思います。中山七里ばりのどんでん返しがあるあたりはかなり中山先生を意識しておられたのかもしれません。もうちょっと湯川が湯川らしければもっと盛り上がったとは思います。やはりあの湯川的偏屈さと物理実験はあって欲しかったと思いました。





更新を通知する


by rodolfo1 | 2019-02-05 02:47 | 小説 | Comments(0)

馳星周作「ゴールデン街コーリング」を読みました。

d0019916_13260724.jpg
私はかつて馳先生の熱心なファンだったのですが、最近は読むのを止めています。それは小説神奈備を読んでからの事でした。以後何冊か刊行されていましたが、一冊も買いませんでした。しかし、この小説は読まねばならない。なにせリンクした書評で、まさにこのような小説を出すよう要求していたのです。まさか馳先生がこのブログを読んだはずもないと思いますが、最近の馳先生の仕事ぶりを見ていれば、まあ編集者なら誰でもこの企画を思いつきますわね。結果、大変満足しましたので二年ぶりに馳作品のレビューをしたいと思います。

大学生の坂本は、(当然馳星周です。)新宿ゴールデン街のバーでバイトをしています。そのバーはとてもやばいバーでした。なにせ、今まさに店主と客が殴り合いを始めようとしています。曰く「ここは新宿ゴールデン街の<マーロウ>で、店主は斉藤顕。名うての酒乱だ。」内藤陳です。バーは深夜プラス1。日本冒険小説協会公認酒場です。北海道の隅でくすぶっていた坂本は、本を読むのが大好きでした。とある小説で顕さんと意気投合した坂本は、顕さんに手紙を送り、顕さんは、坂本に東京に出てくるよう勧めます。坂本がここで働いているのはそういう事情でありました。しかし勤めは辛い。泥酔した顕さんはものすごいパワハラを働きますし、始まりの頃、小説と映画好きの客で賑わっている店は、終電で帰る客が帰ると、たちの悪い酔っぱらいで充満します。その中で坂本は二年間働き続けていました。

ゴールデン街には面白い店や人が集まります。坂本は良く<リリー>というオカマバーに顔を出します。リリーさんは料理が上手で、学生にキープ切れのボトルをただ同然で飲ませてくれます。バイト仲間の田丸や、ホステスの由香、マーロウの客のナベさん、バー<まつだ>のおっかさん、坂本のことを息子、と呼ぶ六本木の文壇バーのママ佳子さん、いろんな人達になんのかんのと可愛がられて暮らしています。

そんなゴールデン街にも地上げの嵐が吹こうとしています。大金をもらって経営権を不動産屋に譲ろうという店主が次第に増えて来ています。きなくさい匂いがたちこめる中、坂本は由香とデートし始めます。坂本がたまたま店に泊まった日、放火騒ぎが持ち上がります。ナベさんは、ゴールデン街を守るべく、見回りをしようと提案します。

坂本は自分の小説趣味を他人と語ります。坂本は登場人物個人の葛藤と、それへの抵抗が読みたい、と言います。舞台設定に凝る気障なセリフの小説は嫌いです。また、パンクロックが好きで、自らも一生パンクロッカーとして生きる、と誓ったこともありました。また坂本は、日本冒険小説協会の機関紙の編集委員をやっており、同じ委員の佐々木たちと議論しています。その機関紙に坂本も寄稿しています。そんな中、事件が起こります。ゴールデン街でナベさんが殺されたのです。警察が動きますが、犯人の目処は立ちません。

そんな中、マーロウに有名人が現れます。あの有名雑誌、本の雑誌の発行人、目黒孝二です。目黒は坂本の機関紙を読んだ、と言い、今度本の雑誌に書くよう依頼します。坂本は大喜びです。憧れの作家への道が開けるのです。また、時々由香とデートを重ねていた坂本ですが、いよいよ深間に入りそうなところで振られてしまいます。坂本は荒れます。ゴールデン街の住人たちはそんな坂本を優しく見守るのです。そんな中、倒れた父親の負債のため、故郷に戻らなければならないリリーは坂本に飼い猫を預けます。その猫籠の敷物に使われていたリリーさんのシャツには意外なものが。。。。

ナベさんの事件をそれなりに気にしていた坂本は、当時事件を目撃していたらしいホームレスの事を突き止めますが、当人はどこかに行方をくらませています。なにをやってもうまくいかず、顕さんからのパワハラも止まず、坂本は「ゴールデン街は嫌いだ!苛々するし、腹が立つ!」と、後年の馳先生の小説の主人公のようなことを言い暮らします。その頃、佐々木に誘われて映画愛好会の飲み会に顔を出した坂本は、北野香という女子大生と知り合います。紆余曲折しながらも次第に距離を詰めて行く二人でした。

ついに坂本の原稿は完成し、ゲラが送られて来ます。顕さんにも無事報告し、和やかだったのですが最後は。。。。

更に、ナベさんを最後に目撃したホームレスとついに坂本は出会います。彼から聞いたその日の事情を反芻していた坂本はある事に気がつきます。

馳作品といえば、ものすごく強引に読者を引っ張っていくその熱量が売りだと思います。葛藤し、焦りながらも執拗に終末に向けて事件を追い込んでいくバイタリティーが彼の最大の武器でした。この小説で、馳先生が、どのようにしてそのエネルギーと憤懣を溜め込んでいったのか、というのがよくわかりました。しばらくはこっち方面で仕事をされては如何かと思いました。しみじみとした良い出来でした。当時の実際の事を知る人々にはもっと感慨深いでしょう。久々に馳作品を楽しみました。




by rodolfo1 | 2019-01-29 02:32 | 小説 | Comments(0)

中山七里作「中山七転八倒」を読みました。

d0019916_13261154.jpg
中山七里作「中山七転八倒」を読みました。いや面白かった。中山先生といえば、どんでん返しの中山と言われるくらい、最後のトリックが強烈な人気作家さんです。その作家さんの日常を描く爆笑エッセイです。中山先生は、毎月10本の連載を抱え、ほとんど寝ないで毎月約700枚の原稿を仕上げ、しかもほとんど校正が必要ない、という天才肌の職人作家さんです。彼の小説には殆ど作者のイデオロギーが登場しません。このエッセイによれば、それは意識した結果なのだそうです。その作家が自分の日常を書いたエッセイというのは大変興味深かったです。

エッセイ冒頭に「このミス大賞」についての記述があります。中山先生はこの賞を48歳の時に「さよならドビュッシー」で取り、この時に「連続殺人鬼カエル男」もダブルノミネートされた事で勇名を馳せました。そして、受賞者に対して辛辣な事を、というか、当然の事を書かれます。曰く「新人賞なんて素人の中で一番を獲ればいいだけの話だが、デビューしてからはバケモノみたいな作家連中と闘わなきゃならんのだ。必然的に連載を持ちコンスタントに新作を出すことが生き残りの条件になっていく。新人賞受賞くらいで浮かれている作家もどきが二、三年で消えて行くのはその条件をクリアできないからだ。」

まさに日本の出版業界の実態を言い表して妙ですね。私はその考えにあまり賛成はしていないのですし、実際に吉田修一先生や、奥田英朗先生のような寡作でいながら流行作家である、という作家さんもおられます。しかし一般的にはやはり中山先生の考えが正しいのでしょう。日本で小説家をやっていくにはある程度量を書かないとやっていけないのでしょうね。

彼はこうも言います。「デビューする以前から、僕は自分の書きたいものを書いたことは一度もない。投稿作品はあからさまに新人賞狙いだったし、デビュー後はひたすら担当者のリクエストに応じたものだった。新人が自分の書きたいものを書くと、すぐにネタが尽きる。それなら書きたくないもの、あるいは書けないと思うものから書いてやろうとして思いついた戦略だった。」なるほどねえ。それで中山先生の作品はあんなにバリエーションが豊富なのですね。よくわかりました。

しかも彼はこうも言います。「そんなに沢山書いたらクオリティが下がる、と心配してくれる人もいるのだが、とんでもない話である。デビューした時は単なるど素人であり、それ以上クオリティが下がるはずがない。書けば書くほど上手くなるのが当然ではないか。ティーバッグの紅茶じゃあるまいし、出せば出すほど薄まるなんてのは怠け者の言い訳だと僕は思っている。」これは強烈ですね。よく中山先生は、自分は文壇の人々に嫌われている、とうそぶかれますが、この台詞を面と向かって言われたらぐうの音も出ない作家さんも沢山いると思います。でもある意味真実ですね。日本のプロ作家というものはこういうものだと思いました。

更にこう続けます。「正直行って、僕は読者の受けについては二の次三の次くらいにしか考えていない。第一はやはり販売実績を伸ばして担当者はじめ出版社に損をさせないことだと思っている。売れなくてもいいから、読者の胸に届けばいいというのならブログに書けばいいのであって、商業ベースで書いているのなら赤字を出さないことが最低限の条件だ。」青くなる作家さんがいっぱいいると思いますね。なぜ大半の芥川賞受賞作家が、受賞作一作で消えてしまうのかがよくわかりました。

更にエピソードは続きます。織田作之助、坂口安吾、太宰治の鼎談という企画があり、酔いが回り、座が散々ハチャメチャになった末、三人の意見が不意に一致する瞬間が訪れる。「でも、やっぱり作家は売れなきゃ駄目だよな」「そうだよな、売れなきゃどうしようもないよな」今から六十年以上も前、無頼派と呼ばれる文豪でさえ、そういう共通認識があったのだ、と言います。大変興味深いエピソードでした。

中山先生は、やたら執筆中に寝落ちし、これで原稿が遅れる、バカバカ、と思いながらホームシアターで映画を見る、といった記述があちこちに見られます。しかも自分のモットーとして一日一冊本を読み、一日一本映画を観ないと気が済みません。これでは寝ている暇も当然ないわけです。中山先生は、大変特殊な小説創作法をお持ちです。三日かけてテーマ、トリック、ストーリー、キャラクターの順でプロットを固め、全体を四章から六章に分け、頭の中で原稿を書いてしまうらしいです。中山ファンとしては、あのものすごいどんでん返し小説をどう書くのかと興味津々でしたので、この点は驚愕しました。いや面白かったです。しかし中山先生ちょっと考え直しては如何でしょう。長生きされた水木しげる先生は「睡眠力は幸福力である」という名言を残されました。以下の漫画の如く。まあ中山先生は倒れるまで決して自分のライフスタイルをお変えにならないでしょうが。。。。今後も中山作品に注目して読みたいと思いました。
d0019916_16123264.jpg











by rodolfo1 | 2019-01-21 02:13 | 小説 | Comments(0)

Moby dick(白鯨)英語版を読みました。

d0019916_14010790.jpg
この書評は完全にネタバレしますので、この小説を読んでみようと思う方は半分くらいでお止めください。なんでも訳者の方は、田中 西二郎先生の訳がよろしいそうです。

小説の冒頭は、この小説の主な語り手、イシュマエルの言葉から始まります。「財布はからっぽだし、陸の仕事には飽き飽きした。ここらで船に乗って水の世界を見てみよう。」彼は港町に赴き、銛打ちの蛮族、クィークェグと親友になります。2人で道行をしながらナンタケットにたどりつき、ピークォド号という捕鯨船に乗り込む事になります。

ピークォドの船長エイハブは片足です。彼はかつてモービーディックと呼ばれる白い鯨と戦い、その際に片足を失いました。それ以後彼は復讐に燃え、白鯨を追い求めています。

出帆して間もなく、彼らは最初の鯨を見つけます。捕鯨に際してエイハブのクルーがイシュマエル達の前に初めて姿を現します。銛打ちのフェダラーを初めとする彼らは見たこともない黄色い肌の蛮族でした。

航海は進みます。船の一等航海士は沈着冷静なスターバックです。彼はしばしば白鯨狩りに批判的で、エイハブに対して穏やかに帰国を進言します。二等航海士のスタッブ、三等航海士のフラスク達と共にさまざまなエピソードを繰り広げます。

ある時、クィークェグは熱病に侵されます。死に瀕した彼の為に大工は棺桶を作りますが、彼は奇跡的に回復します。余った棺桶は、救命ブイとして再利用されるのです。

またある時、フェダラーはエイハブに4つの予言をします。

Of the hearses? Have I not said, old man, that neither hearse nor coffin can be thine.
But I said, old man, that ere thou couldst die on this voyage, two hearses must be seen by thee on the sea; the first not made by mortal hands; and the visible wood of the last one must be grown in America. Though it come to the last, I shall still go before thee thy pilot.
Hemp only can kill thee.

(1)人間によって造られたのではない棺を見てから死ぬ
(2)アメリカの木で造られた棺を見てから死ぬ
(3)自分が先に死んで水先案内人として姿を現す
(4)麻糸だけが船長を殺せる

恐るべき英語でしょう?私の英会話学校のインストラクターであるアメリカ人は、この小説を読みかけて、あまりに古くさい言葉ばかり出てくるので読むのを諦めたと言いました。私はこの小説が大好きで、何度も日本語訳で読みました。そういうわけでこの小説は、ほとんど記憶しているつもりだったのですが、この小説の4/5は、捕鯨と捕鯨船のシステムとか、鯨の生態や形状の描写に費やされていて、英語で読むのはものすごく読みづらかったです。読み終わるのにほぼ三か月かかりました。この小説を英語で読もうとするなら、最後の白鯨を追跡するChase1,2,3 三章だけ読めばあとは日本語訳で済ませてかまわないと思いました。

さて、物語は終盤にさしかかります。ある時、エイハブは、レイチェル号という捕鯨船に出会います。白鯨を見たか、というエイハブの問いに船長は見た、と答えます。しかし、その追跡の最中に息子を海で見失ったので、捜索に手を貸してくれ、と船長は懇願します。エイハブをその願いを断り、白鯨を追跡にかかります。

最後の追跡にかかる前にエイハブは一度だけスターバックに述懐します。自分は18歳の時に初めて鯨を屠ってから40年この生活を続けている、家族もナンタケットに放りっぱなしだ。こんな追跡をやめて家にかえれば幸せだろうにと。スターバックは最後に帰路する事を提案しますが、やはりエイハブは聞き入れませんでした。

さて、最後の三日間に話は移ります。ついにエイハブは白鯨を捉えます。勇躍ボートを出して追跡にかかったエイハブでしたが、なんと鯨は顎を開けてボートに襲いかかって来ます。ここは英語で読むに限ります。それはとても恐ろしい描写でした。二日間に渡って襲撃を退けられたエイハブは、最後にスターバックと握手し、三日目の襲撃に向かいます。鯨はなんとピークォド号に襲いかかり、船は沈められてしまいます。その最後のシーンを英語で述べます。

The harpoon was darted; the stricken whale flew forward with igniting velocity the line ran through the grooves- ran foul. Ahab stooped to clear it; he did clear it; but the flying turn caught him round the neck and voicelessly as Turkish mutes bowstring their victim. He was shot out of the boat, ere the crew knew he was gone.


最後にすべての乗組員が死んだ後、イシュマエル一人が例の棺桶のブイにつかまって難を逃れます。彼はあの息子の救助の為、海を捜索していたレイチェル号に助けられたのでありました。

この小説は捕鯨船エセックス号がマッコウクジラによって沈没させられたという史実に基づいて描かれています。ピークォド号の30人のさまざまな土地からの乗組員とはアメリカ合衆国を暗喩しているとか、イシュマエルという名前は旧約聖書のアブラハムの長男の名前であり避難民とか孤児を暗喩しているとか、いろんな読み方がされています。この小説はアマゾンキンドルで無料で読めますので、最後の三章 Chase1, Chase2, Chase3だけは原文で読まれることをおすすめします。

私のブログをご覧になっている方々は最近書評が無いなと思っておられたかもしれません。それはこの小説のせいです。しつこく言いますが、丸三か月かかって読みました。しかも連れのキンドルを見ましたら、どちらも同じ白鯨なのに連れのは原文への現代英語訳がついておりました。なんでそういう違いが出るのか。。。それならもっと楽だったのに。。。いかにこの小説を読むのが現代の英語圏の方々にも困難なのかという証左のような話でありました。

メリークリスマス、皆さんの元にも楽しいクリスマスが訪れますように。




by rodolfo1 | 2018-12-25 02:40 | 小説 | Comments(0)

アンソロジー集「恋愛仮免中」を読みました。

d0019916_11495619.jpg
奥田英朗、窪美澄、萩原浩、原田マハ、中江有里の恋愛を巡るアンソロジー集
です。題名のとおり、どれも発展途上の恋愛を扱った話です。

第一作、奥田先生作、「あなたが大好き」は、アラサーの女性が主人公です。
もう3年も付き合っている彼氏は、さっぱり結婚を口に出さず、仕事を勝手に
辞めてしまい、インド旅行に旅立ってしまいます。すべてが事後報告です。
彼のあまりの勝手さに新しい出会いを求めようとする彼女でしたが、好条件と
思えたその相手が案外。。。さすがは練達の奥田先生うまくまとめておられます。

第二作は窪先生の「銀紙色のアンタレス」です。
中学三年生の主人公の頭にあるのは、おばあちゃんの家に泊まって毎日海で泳
ぐことしかありません。うっとおしいことに、幼馴染の女の子が一緒に泊まる
というのです。主人公は海でとある子連れの女性と出会い、彼女に惹かれて行
きます。これは窪先生の他の短編集に収載されていて既読でした。相変わらず
大した事がありませんでした。

第三作は萩原先生の「アポロ11号はまだ飛んでいるか」です。これは素晴らし
い名作でした。60歳になる主人公の現在と、中学一年生の時の自分とが平行し
て語られます。切ない子供時代の憧れが、長じて闘病生活、という重たい現実
と巧みに対比されます。なにか人生における儚さというものを如実に感じさせ
るすばらしい作品でした。この一章だけのためにこの本を買う価値があると思
いました。

第四作は原田先生の「ドライビング・ミス・アンジー」。これは設定が素晴ら
しい。京都に住む主人公は会社を首になったもと役員で、英会話が達者だった
ことからタクシー会社に雇われ、外人客相手の観光ドライバーとして結構重宝
される存在です。妻を亡くしたばかりで、折柄会社との揉め事の板挟みになり
ろくろく看取りもできなかったため、娘さんとはほぼ疎遠な関係です。
たまたま拾った金髪碧眼の美人観光客、ミス・アンジーにチャーターされた主
人公は、一緒に京都の名所を巡ります。アンジーと仲良くなった主人公は。。
。。原田先生の小説はいつも設定は素晴らしいのですが、最後の詰めがいまい
ちです。この短編も、今後に続く布石を打てばよかったのにと思いました。

第五作は、中江先生の「シャンプー」です。主人公の少女は、両親が離婚して
おり、普段はクラブ経営者の母親と暮らし、月一回父親の経営する理髪店で散
髪してもらう、という暮らしをしています。たまたま母親の美容院通いに呼び
出された少女は、美容師のタケルと知り合います。そのタケルとの仲を学校で
勘繰られた主人公に学校でいじめが始まったのですが、意外な方法で反撃しま
す。まあ話は見えますが、いまいち登場人物に精彩がありません。今後に期待
したいと思います。

以上レビューしました。萩原先生は素晴らしかったです。





by rodolfo1 | 2018-10-23 02:23 | 小説 | Comments(0)

藤堂志津子作「娘と嫁と孫とわたし」を読みました。

d0019916_19225872.jpg
直木賞受賞作家、藤堂志津子作「娘と嫁と孫とわたし」を読みました。
わたしとは夫、六九朗との間に生まれた長男、和佐を亡くし、それとともに六九
朗に離婚され、家に残された玉子です。現在は、和佐の妻、里子とその娘春子と
同居しています。その六九朗はといえば、小さい頃から可愛がっていた血の繋が
らない甥の秋生と同居しています。玉子との間に生まれた娘である葉絵は、何か
といえば実家に里帰りし、可愛がられずに育った恨みつらみを玉子にぶつけるの
がならわしと化しています

離婚後、それなりに平穏に暮らしていた玉子たちでしたが、秋生が訪問してきて
意外な事を申し入れます。胃癌にかかって手術した元夫が、大変に衰弱してしま
い、家に戻りたがっている、と言うのです。揺れる玉子たちでありましたが、一
応は面会することになり、元夫が家を訪ねて来ます。ところで付き添って来た女
医は意外な事を言い出し、結局は玉子たちは元夫を受け入れませんでした。

次に意外な事件が起こります。金持ちの夫と再婚していた葉絵ですが、氷雨夫妻
というコンサルタントまがいの夫婦ものと付き合いはじめ、彼らに金を貢ぎはじ
めてしまいます。心配した玉子たちは探偵を頼んで調査するのですが、大して悪
い材料も出て来ません。それでも懸念する玉子たちは、夫婦と会食することを思
い立つのですが、その結果は意外な事に。。。。

最後の事件は、大変おめでたいことになりました。ネタバレさせませんので最後
の事件については言及しませんが、正直大した出来の小説ではありませんでし
た。主に扱われるのは玉子と里子と葉絵と秋生です。春子については全くいない
も同然の扱いで、このややこしい生活環境に置かれた多感な少女が何もアクショ
ンしないなど考えられもしません。元夫についても然りで、ほんとの添え物で
す。小説の起承転結としてはまあまあでしたが、いかにも食い足りない風情の小
説ではありました。



by rodolfo1 | 2018-10-07 02:26 | 小説 | Comments(0)

林由美子作「堕ちる」を読みました。

d0019916_14191257.jpg
林由美子作「堕ちる」を読みました。まさに堕ちて行く話であります。主人公である純代は、38歳、高校時代から付き合って結婚した夫脩一と、小学六年生の佳乃との三人家族です。純代と脩一とは高校時代に知り合うのですが、二人とも行き当たりばったりの高校時代を送っています。そもそも二人とも偏差値の低い高校に入学し、付き合ってからも、上昇志向もなにもない高校生活を送り、二人とも適当な大学と短大に進み、取り立てて興味ももてない就職先に就職します。

結婚してからも二人は行き当たりばったりです。子供を授かり、さしたる計画性も収入も無いのに、子供には分不相応なブランド品を買い与え、世間の言うままに暮らしているうちに、資金ショートを起こし、次第にカードローンにはまり、それを返済するために怪しい化粧品販売に手を染め、しかも夫には怪しい犯罪の影が射してきます。

夫を犯罪から救うべく、夫の携帯をGPS携帯に変え、夫の挙動を監視する純代でありましたが、その挙動を阻止すべく、現場に踏み込み、さらに転落して行きます。小説の運びは大変円滑で、一気に読ませるのですが、大筋はどこかで聞いた話です。

私が考える良い小説というものは、どこか私を納得させる優れた資質を持っていると思います。卓越した着想であるとか、想像を超えた筋書きの運びであるとか、何かしらあっという物を持っているのが良い小説なんだと思います。この小説にはそういうところは全くありません。プロの作家さんが依頼されて、TVドラマのプロデューサーの注文どおりに仕上げた、というような感覚の小説に仕上がっています。

暇つぶしにはなりますが、所詮それだけの小説だと思いました。とりたてて他の作品を読んでみるとか、この小説を蔵書として所有するとか、そういう価値は一切見いだせない作品であったと思いました。

ともあれ、良く書けてはいます。新幹線の駅で買い求めて、乗車中に読み切って、そのまま捨ててくる、いわゆるペーパーバック小説としては価値が高いのだと思いました。



by rodolfo1 | 2018-09-27 02:26 | 小説 | Comments(0)

中澤日菜子作「ニュータウンクロニクル」を読みました。

d0019916_18464597.jpg
中澤日菜子作「ニュータウンクロニクル」を読みました。とあるニュータウン
(多摩ニュータウンがモデルなんだそうです。)の1971年から2021年までの
お話です。そのニュータウンが始まってから、次第に高齢化、老朽化していく
様を入れ子式に描いた作品です。物語は10年ごとに起こる6つの話で出来てい
ます。

第一話は、ニュータウンで働く地方公務員、小島健児の話です。ニュータウン
で暮らす主婦、袴田春子とその娘の理恵子と知り会います。彼女は未来を拓く
会、というニュータウンの住民集会のような会で活動しています。何故か理恵
子になつかれてしまった健児は、次第にその会に参加するようになりますが、
はやらない八百屋を営む叔父の善行にうとまれ、会への参加を役所に密告され
てしまい、会からも、旧住民との軋轢の象徴のような言われ方をされ、会から
距離を置こうとしますが、折柄喘息の発作を起こした理恵子を春子と病院に連
れて行く羽目になり。。。

第二話はその10年後。舞台は学校です。5年生の小川文子はニュータウンに住
む、どこにでもいそうな女の子です。その学校に一人の転校生が転校して来ま
す。風変わりなその子はみんなに馴染みませんが、文子だけは違いました。と
ある事件の後、転校生の家に出入りするようになった文子は、早熟なその子に
男女関係について書いた雑誌を貸してもらい、学校にまで持っていくのですが
、次第に疎遠になりつつあったかっての友達にその本を暴かれてしまい、事件
が起こります。

第三話はその10年後、主役はなんとあの嫌味な善行です。八百屋をたたんだ彼
は、そのあとにプールバーを開くのですが、この店があたります。店も儲かり
ますが、善行自身もバブルに乗っかり、株取引などで巨万の富を築くかに思わ
れたのですが、店をまかせていた妻は、当時流行りの不倫ドラマにはまり、店
にそのドラマのロケが来たことからとある俳優と知り合います。次第に深みに
はまっていった妻は。。。。

第四話は三話の続きです。善行の息子は、バブルの崩壊とともにほとんどアル中
となった父親と二人暮らしをしています。バーはつぶれ、息子はろくろく学校に
も行かず、父親の介護以外は引きこもり生活を続ける息子の元に、あの健児が良
い話を持って来ます。もとバーの一階を貸さないか、というのです。染物工房を
起業したい女性がいる、というのです。トントン拍子に話は決まり、一階部分で
工房が始まります。ひょんなことからその仕事を手伝う羽目になった息子でした
が、女性の意外な正体が知れ。。。。

第五話はまたその10年後、第二話の登場人物たちが同窓会を開きます。その時
既に廃校となっていた小学校に夜間密かに侵入して飲み会を開こうと三人の元生
徒がたくらみます。まんまと侵入し、密かに語り合う元生徒でしたが、語る悩み
は、いかにも40代男性の悩みそのものです。

第六話に登場するのは、第一話の登場人物、袴田春子とその娘理恵子です。50年
後、かつてのニュータウンはすっかり寂れ、高齢化が進んでいます。バリアハー
ドでエレベーターもないニュータウンには誰も帰って来なくなったのです。春子
が独居する部屋には古いものがあふれかえっており、それを整理に理恵子が帰っ
て来ます。理恵子の生活にも様々な葛藤があり、春子の介護も真近に思えたので
すが、ニュータウンで見たものは、春子の面目躍如といった意外なものでした。
最後に健児が再び登場し、ニュータウンにあるかもしれない明るい未来を提示し
て物語は終わります。

大変きれいにまとまっていて読みやすい小説でした。作者は劇作家出身だとか。
さすがにそつがありません。ただ、難を言えば、すべてがあまりに容易にまと
まってしまっており、食い足りない印象があります。しかし小説としては大変
良く出来ており、将来が期待される作家さんだったと思いました。




by rodolfo1 | 2018-09-17 02:26 | 小説 | Comments(0)