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藤堂志津子作「娘と嫁と孫とわたし」を読みました。

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直木賞受賞作家、藤堂志津子作「娘と嫁と孫とわたし」を読みました。
わたしとは夫、六九朗との間に生まれた長男、和佐を亡くし、それとともに六九
朗に離婚され、家に残された玉子です。現在は、和佐の妻、里子とその娘春子と
同居しています。その六九朗はといえば、小さい頃から可愛がっていた血の繋が
らない甥の秋生と同居しています。玉子との間に生まれた娘である葉絵は、何か
といえば実家に里帰りし、可愛がられずに育った恨みつらみを玉子にぶつけるの
がならわしと化しています

離婚後、それなりに平穏に暮らしていた玉子たちでしたが、秋生が訪問してきて
意外な事を申し入れます。胃癌にかかって手術した元夫が、大変に衰弱してしま
い、家に戻りたがっている、と言うのです。揺れる玉子たちでありましたが、一
応は面会することになり、元夫が家を訪ねて来ます。ところで付き添って来た女
医は意外な事を言い出し、結局は玉子たちは元夫を受け入れませんでした。

次に意外な事件が起こります。金持ちの夫と再婚していた葉絵ですが、氷雨夫妻
というコンサルタントまがいの夫婦ものと付き合いはじめ、彼らに金を貢ぎはじ
めてしまいます。心配した玉子たちは探偵を頼んで調査するのですが、大して悪
い材料も出て来ません。それでも懸念する玉子たちは、夫婦と会食することを思
い立つのですが、その結果は意外な事に。。。。

最後の事件は、大変おめでたいことになりました。ネタバレさせませんので最後
の事件については言及しませんが、正直大した出来の小説ではありませんでし
た。主に扱われるのは玉子と里子と葉絵と秋生です。春子については全くいない
も同然の扱いで、このややこしい生活環境に置かれた多感な少女が何もアクショ
ンしないなど考えられもしません。元夫についても然りで、ほんとの添え物で
す。小説の起承転結としてはまあまあでしたが、いかにも食い足りない風情の小
説ではありました。



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by rodolfo1 | 2018-10-07 02:26 | 小説 | Comments(0)

林由美子作「堕ちる」を読みました。

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林由美子作「堕ちる」を読みました。まさに堕ちて行く話であります。主人公である純代は、38歳、高校時代から付き合って結婚した夫脩一と、小学六年生の佳乃との三人家族です。純代と脩一とは高校時代に知り合うのですが、二人とも行き当たりばったりの高校時代を送っています。そもそも二人とも偏差値の低い高校に入学し、付き合ってからも、上昇志向もなにもない高校生活を送り、二人とも適当な大学と短大に進み、取り立てて興味ももてない就職先に就職します。

結婚してからも二人は行き当たりばったりです。子供を授かり、さしたる計画性も収入も無いのに、子供には分不相応なブランド品を買い与え、世間の言うままに暮らしているうちに、資金ショートを起こし、次第にカードローンにはまり、それを返済するために怪しい化粧品販売に手を染め、しかも夫には怪しい犯罪の影が射してきます。

夫を犯罪から救うべく、夫の携帯をGPS携帯に変え、夫の挙動を監視する純代でありましたが、その挙動を阻止すべく、現場に踏み込み、さらに転落して行きます。小説の運びは大変円滑で、一気に読ませるのですが、大筋はどこかで聞いた話です。

私が考える良い小説というものは、どこか私を納得させる優れた資質を持っていると思います。卓越した着想であるとか、想像を超えた筋書きの運びであるとか、何かしらあっという物を持っているのが良い小説なんだと思います。この小説にはそういうところは全くありません。プロの作家さんが依頼されて、TVドラマのプロデューサーの注文どおりに仕上げた、というような感覚の小説に仕上がっています。

暇つぶしにはなりますが、所詮それだけの小説だと思いました。とりたてて他の作品を読んでみるとか、この小説を蔵書として所有するとか、そういう価値は一切見いだせない作品であったと思いました。

ともあれ、良く書けてはいます。新幹線の駅で買い求めて、乗車中に読み切って、そのまま捨ててくる、いわゆるペーパーバック小説としては価値が高いのだと思いました。



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by rodolfo1 | 2018-09-27 02:26 | 小説 | Comments(0)

中澤日菜子作「ニュータウンクロニクル」を読みました。

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中澤日菜子作「ニュータウンクロニクル」を読みました。とあるニュータウン
(多摩ニュータウンがモデルなんだそうです。)の1971年から2021年までの
お話です。そのニュータウンが始まってから、次第に高齢化、老朽化していく
様を入れ子式に描いた作品です。物語は10年ごとに起こる6つの話で出来てい
ます。

第一話は、ニュータウンで働く地方公務員、小島健児の話です。ニュータウン
で暮らす主婦、袴田春子とその娘の理恵子と知り会います。彼女は未来を拓く
会、というニュータウンの住民集会のような会で活動しています。何故か理恵
子になつかれてしまった健児は、次第にその会に参加するようになりますが、
はやらない八百屋を営む叔父の善行にうとまれ、会への参加を役所に密告され
てしまい、会からも、旧住民との軋轢の象徴のような言われ方をされ、会から
距離を置こうとしますが、折柄喘息の発作を起こした理恵子を春子と病院に連
れて行く羽目になり。。。

第二話はその10年後。舞台は学校です。5年生の小川文子はニュータウンに住
む、どこにでもいそうな女の子です。その学校に一人の転校生が転校して来ま
す。風変わりなその子はみんなに馴染みませんが、文子だけは違いました。と
ある事件の後、転校生の家に出入りするようになった文子は、早熟なその子に
男女関係について書いた雑誌を貸してもらい、学校にまで持っていくのですが
、次第に疎遠になりつつあったかっての友達にその本を暴かれてしまい、事件
が起こります。

第三話はその10年後、主役はなんとあの嫌味な善行です。八百屋をたたんだ彼
は、そのあとにプールバーを開くのですが、この店があたります。店も儲かり
ますが、善行自身もバブルに乗っかり、株取引などで巨万の富を築くかに思わ
れたのですが、店をまかせていた妻は、当時流行りの不倫ドラマにはまり、店
にそのドラマのロケが来たことからとある俳優と知り合います。次第に深みに
はまっていった妻は。。。。

第四話は三話の続きです。善行の息子は、バブルの崩壊とともにほとんどアル中
となった父親と二人暮らしをしています。バーはつぶれ、息子はろくろく学校に
も行かず、父親の介護以外は引きこもり生活を続ける息子の元に、あの健児が良
い話を持って来ます。もとバーの一階を貸さないか、というのです。染物工房を
起業したい女性がいる、というのです。トントン拍子に話は決まり、一階部分で
工房が始まります。ひょんなことからその仕事を手伝う羽目になった息子でした
が、女性の意外な正体が知れ。。。。

第五話はまたその10年後、第二話の登場人物たちが同窓会を開きます。その時
既に廃校となっていた小学校に夜間密かに侵入して飲み会を開こうと三人の元生
徒がたくらみます。まんまと侵入し、密かに語り合う元生徒でしたが、語る悩み
は、いかにも40代男性の悩みそのものです。

第六話に登場するのは、第一話の登場人物、袴田春子とその娘理恵子です。50年
後、かつてのニュータウンはすっかり寂れ、高齢化が進んでいます。バリアハー
ドでエレベーターもないニュータウンには誰も帰って来なくなったのです。春子
が独居する部屋には古いものがあふれかえっており、それを整理に理恵子が帰っ
て来ます。理恵子の生活にも様々な葛藤があり、春子の介護も真近に思えたので
すが、ニュータウンで見たものは、春子の面目躍如といった意外なものでした。
最後に健児が再び登場し、ニュータウンにあるかもしれない明るい未来を提示し
て物語は終わります。

大変きれいにまとまっていて読みやすい小説でした。作者は劇作家出身だとか。
さすがにそつがありません。ただ、難を言えば、すべてがあまりに容易にまと
まってしまっており、食い足りない印象があります。しかし小説としては大変
良く出来ており、将来が期待される作家さんだったと思いました。




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by rodolfo1 | 2018-09-17 02:26 | 小説 | Comments(0)

アーネスト・ヘミングウェイ作「The old man and the sea」を読みました。

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ご存知「老人と海」を原語で読みました。というのも、今週の英会話教室のテーマが小説だったからです。初めてチャレンジしましたが、これはこれで大変でありました。約2週間弱かかりました。ネタバレしますので、お嫌な方はご遠慮ください。

あらすじは誰でもご存じでしょう。もう84日も魚を取っていないキューバの老漁師サンチャゴは、85日目に意を決してはるかに遠くの海まで魚を取りにでかけます。仲良しの手伝いの子供はもう同行しません。

子供は父親に、サンチャゴには不運がまとわりついているから、と止められ、余所の船に手伝いに行っていますが、何くれとなく老人の世話を焼きます。彼のことが大好きなのです。サンチャゴは途中いろんなことを考えながら船を進めます。しばしば考えるのは、かつて訪れたアフリカにいたライオンの事や海と魚の事などです。

そうした中、サンチャゴはついに巨大なカジキマグロを釣ります。長い間魚と戦い、はるか遠くまで魚に引きずられて行きますが、ついに彼は魚を殺します。魚を港に持って帰る途中、彼は以下のような述懐をし、魚に対する罪悪感を払いのけます。

You did not kill the fish only to keep alive and to sell for food, he thought. You killed him for pride and because you are fisherman. You loved him when he was alive and you loved him after. If you love him, it is not a sin to kill him. Or is it more?

お前はただ生きるため、金に換えて食料を得るために魚を殺したのではない。お前は誇りにかけて彼を殺したのだ、なにせお前は漁師だから。お前は生きている時も死んだ後も彼を愛していた。彼を愛していたから、彼を殺したのは罪ではない。そうだろ?

ところが魚の血の匂いをかぎつけた鮫が魚を襲います。初めは銛で、次にナイフで、最後には棍棒で鮫と戦います。その最中に彼はこうつぶやきます。

But man is not made for defeat,"he said."A man can be destroyed but not defeated.

人は打ち負かすことなどできない。破壊されるかもしれない、しかし決して打ち負かされない。

相次ぐ鮫の襲撃の末、とうとう彼は港にたどりつきますが、その時魚は頭と尻尾を残してすべて骨になっていました。彼はやっとの事で家に帰り、死んだように眠ります。

彼の船を見た少年は彼のところへやって来ます。ついに魚を仕留めた老人を見て、少年は人目をはばからず泣きます。観光客は、あの大きな骨の魚は何か、とレストランのボーイに訊ね、心無いボーイは鮫だ、と答えます。

しかしサンチャゴは眠ります。ライオンの夢を見ながら。



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by rodolfo1 | 2018-09-12 02:15 | 小説 | Comments(0)

島本理生作「ファーストラヴ」を読みました。

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本年度直木賞受賞作、島本理生の「ファーストラヴ」を読みました。主人公は、
臨床心理士の真壁由紀です。彼女は、聖山環奈の事件を書籍化しようとしていま
す。

環奈の事件とは、アナウンサー志望であった彼女が、二次面接の直後に父親を刺
殺し、夕方の多摩川沿いを血まみれで歩いていた、というものでした。しかも彼
女は、逮捕された後こう言ったといいます。「動機はそちらで見つけて下さい」
と。

由紀は夫の我聞と子供の正親と三人で幸せに暮らしています。夫の弟、迦葉は弁
護士として、環奈の事件を担当していますが、彼と由紀は大学の同期生でした。
迦葉は由紀に相談がある、と言います。由紀の本の事を聞きつけたのです。

ところで迦葉と由紀の間には何かしらわだかまりが存在します。実は二人は元々
由紀が我聞と知り合う前からの知り合いで、ついにうまくいかなかったカップル
だったのです。ぎくしゃくとしながらも二人は環奈の事件を掘り下げて行きま
す。

面会で出会った環奈は、事件については全くの他人事のようです。実は自分は嘘
つきであって、父親を刺した事もあまり覚えていない、と言います。最初の面会
は全く取りつく島がありませんでした。

ところで迦葉の生い立ちは複雑です。もともと我聞の従兄弟にあたりますが、両
親が離婚し、我聞の家に引き取られて来ています。しかも母親に深い葛藤を抱え
ています。何故由紀とうまくいかなかったのか、という点も、後に由紀によって
説明されます。このくだりは大変劇的に描かれます。

環奈は、由紀に手紙を書き、自分は頭がおかしいので、治して欲しい、と依頼し
て来ます。しかも彼女の母親は、検察側の証人に立つ、と言います。娘とは対立
する立場です。そこに何かが隠されている、と由紀達は考えます。

ところで、由紀は由紀で両親との軋轢を抱えています。彼女の父親は、昔東南ア
ジアで子供を買春しており、その事で母親に責められます。しかし問題はそれだ
けに留まりませんでした。由紀に深いトラウマを与えています。

由紀達は調査を続け、環奈の両親が、いかに環奈に虐待を働いていたかを明らか
にしていきます。ついに環奈は、自分のトラウマに気づき、自分を守る努力を始
めます。

日本のミステリで臨床心理士が主人公であるものは大変珍しいと思います。海外
のミステリではしばしばこの問題が重きを占めますが、この点大変読みごたえが
あったと思いました。最後の法廷の場面はあまりに環奈が理路整然としていて、
やや真実味を欠くきらいがあったと思いましたが、日本人作家の作品としては出
色の出来でありましょう。直木賞は納得の受賞だろうと思いました。



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by rodolfo1 | 2018-08-09 02:30 | 小説 | Comments(0)

西加奈子作「おまじない」を読みました。

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西先生の新刊は短編集でありました。西先生のコアなファンである私は、最近の
すべての新刊小説には目を通しています。結果、西先生の作品とは、ごってりし
た関西弁で語られる巧みな物語とともに、市井の市民がふと懐をくつろげると冷
たい刃がそこに見えるような、怖い怖い一面を秘めた物語が持ち味だと思ってい
ます。

このところの作品では、そうした怖い小説が影をひそめていたのですが、この短
編集では、そうした怖い一面がかなり復活しております。小説は、8編の短編か
ら成っており、それぞれに西先生オリジナルの挿絵がそえられています。物語の
テーマのひとつは、この帯の言葉、「あなたを救ってくれる言葉がこの世界にあ
りますように」です。

第一編、燃やす。母親は、主人公に中性的な生き方を常に求めます。それに対し
ておばあちゃんは、女性的なものを孫に求めます。おばあちゃんは病気で入院し
ます。それを慰めようと主人公は、女性的な格好をし、おばあちゃんに喜ばれた
上に、大変美しく成長したのですが、とある変質者によって。。。母の期待に添
えなかった、と自覚する娘は、焼却炉でものを美しく燃やす用務員さんにある言
葉をもらいます。

第二編、いちご。浮ちゃんはひたすらいちごを育てています。浮ちゃんは主人公
の親戚です。浮ちゃんにとっていちごに仇なすものは仇敵です。でっかいカタツ
ムリを踏みつぶして主人公たちのトラウマにしたりします。主人公は美しく育ち
、東京でモデルになります。それなりに売れたのですが、頭打ちします。葬式の
ために帰省した主人公は、浮ちゃんに再会し。。。。

第三編、孫係。おじいちゃまは長野から出てきて、主人公と東京で同居を始めま
す。ファザコン気味の母親は、必死でおじいちゃまをもてなすのですが、孫娘は
疲れ果てて、つい本音をもらします。そこをおじいちゃまに聞きつけられて、意
外なおじいちゃまの本音が飛び出し。。。。

第四編、あねご。これが本作ではいっち好みでした。主人公は、酒ばかり飲んで
います。飲みっぷりが良いのでみんなからあねごと呼ばれており、その道を極め
るべくキャバクラに就職します。その店に有名タレントが現れ、宴会に呼んだ一
人の売れない芸人と出会い。。。。実によろしかった。西先生の怖い模写が鋭く
発揮されていました。

第五編、オーロラ。主人公とダンサーのトーラは、休暇でアラスカに向かいま
す。トーラは「心がない場所」を目指しています。同性愛の恋人であったらし
い二人は、アラスカでオーロラを見ようと試み、現地の男性に、怖い一言を言
われ、彼女たちの次の運命を予感します。

第六編、マタニティ。主人公は小説の冒頭、念願の妊娠を果たします。母の性
質を受け継ぎ、ネガティブ思考の主人公は、妊娠についてネットで検索し、嫌
気がさします。ある時、テレビでかつてスターサッカー選手であり、覚醒剤に
手を出してすっかりおちぶれていたタレントを見ます。彼の口から出たその言
葉とは。。。。

第七編、ドブロブニク。主人公は幼少時から映画に夢中になり、次に演劇にの
めりこみます。小劇団を立ち上げた後に、天才演出家と出会い、劇団は発展し
ます。44歳になった主人公は、劇団の主要人物ですが、演出家にややうとま
れ、休暇を取るようすすめられ、ヘルシンキに旅行します。そこで自主制作映
画のチケットを買い、制作者にある言葉をかけ、制作者はその日本語を彼女に
返します。それが彼女にとって。。。。

第八編、ドラゴン・スープレックス。主人公は、黒人とのハーフの日本人です
。ばりばりの関西弁の彼女は、ひいおばあちゃんに育てられています。ひいお
ばあちゃんは信心深い人で、いろんなおまじないを日常使い、それについて、
近所の人々に頼られる存在でした。お母さんは、彼氏がジャマイカ人です。
ジャンクフードをこよなく愛し、母親である左派論客の有名人なおばあちゃん
とは敵対しています。

しかし、ひいおばあちゃんは亡くなり、母親と暮らすようになった主人公は、
ほとんどのおまじないグッズを捨てられ、ひいおばあちゃんの面影をどんどん
失って行きます。そこに、ひいおばあちゃんの家によく出入りしていたおっさ
んが現れます。プロレスフリークな彼は母親とその彼氏とも大変仲良く暮ら
し、主人公に、ステキな言葉を与えます。ラストシーンは大変心温まるもので
した。

いやいや、大変素晴しかった。ここしばらくは、やや停滞しておられた西先生
でしたが、再びの面目躍如の作品だったと思います。今後もがんばっていただ
きたいと思います。でも電子書籍だけはできれば発行していただきたいと思い
ました。







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by rodolfo1 | 2018-08-06 02:00 | 小説 | Comments(0)

押川剛作「子供を殺してください」と言う親たち、を読みました。

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第一章。まずはさまざまな筆者の経験した事例が語られます。
冒頭で紹介されるのが、佐世保の事件。犯行当時15才であった少女が、同級生
を殺害し、死体損壊まで行なっていた事件です。意外な事に、この犯人は、精
神科医師、カウンセラー、児相など複数の支援を受けていたにも関わらず事件
は起こってしまいました。

筆者は精神障害者移送サービス事業を行なっています。大抵の場合、家族はこう
した精神病患者を持て余し、本来ならば精神科医が関与するような患者であって
も、本人の病識の無さや、本人の暴力性に阻まれ、精神科医の支援を受けられな
い状況にある事が多いです。筆者はこのような事例に対して、既に千例に余る移
送サービスを提供しています。

まず、精神病患者の入院には、任意入院と、医療保護入院、措置入院がある事が
語られます。更に精神病の病名の整理に続いて、筆者の経験した何ともやるせな
い様々な事例が語られます。病む本人と、必ずしも理想的な対応をするとは限ら
ない家族。しばしば警察が介入しますが、肝心かなめの精神科医は必ずしも機能
しません。

第二章、第一章で紹介された事例が大まかにまとめられます。ほとんどの家族は
医療機関や保健所、警察署などに相談に行きながら問題解決できません。結果と
して家族は加害者本人の言いなりになっています。こうした加害者の多くは、パ
ーソナリティ障害を患っています。従って薬物があまり効果を上げません。また
加害者の根底には幼児期からの原因が隠されています。家族はもはや、殺すか殺
されるか、というところまで追い詰められています。

第三章。しばしば加害者は、専門機関や専門家が対応しないグレーゾーンにいま
す。精神病院も近年は入院期間を三か月程度に区切り、それ以上の入院を拒否す
る状況です。治療効果が上らず退院しても彼らには行き場所がありません。現在
こうしたトラブルのしわ寄せは一手に警察が引き受けています。しかし警察には
介入するべき場合は法に抵触する事件や事故だけだという事情があります。

第四章。精神保健福祉法の改訂が話題になります。この改訂により、家族にとっ
ても加害者にとってもますます行きどころが制限されている実状が語られます。

第五章。筆者は、日本にスペシャリスト集団を作ることを提言します。公益財団
法人を作って先に述べたグレーゾーンの対象者を救済すべきとしています。

第六章。家族の行うべき取り組みについて語られます。対象者の家族にとって、
対象者の問題解決への努力は大変重要です。しかしその家族自体にしばしば問題
があることがあります。子供を殺してください、という前に、どのような行動を
取るべきか?そしてどうしても解決できなかった場合、どのように援助を受ける
かについてが記載されます。

大変今日的な話題であったと思いました。問題行動を起こす人物がこれから増加
すること、そして何故そうなのかがよくわかりました。我々も備えなければ、み
すみす被害者になってしまうことも想定されるのです。大変啓発的な著作であっ
たと思いました。






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by rodolfo1 | 2018-08-02 02:33 | 小説 | Comments(0)

柚月裕子作「最後の証人・佐方貞人シリーズ」を読みました。

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柚月裕子作「最後の証人・佐方貞人シリーズ」を読みました。これは久々に当た
りのミステリでありました。

冒頭は、事件から始まります。ナイフを持った女と男が対峙する場面です。緊迫
感が大変高いです。

場面は反転して、主人公、佐方貞人が登場します。彼は辞め検の弁護士です。開
廷一時間前ですが、まだ二日酔いです。事務員の小坂にどやされています。

事件は誰が見ても結論のわかり切った事件でした。被害者はナイフで刺されて絶
命しています。担当検事に何故こんな安易な事件を担当するのかと質問されます
が、佐方は答えません。佐方は元は敏腕検事でした。ある事件をきっかけに辞任
し、弁護士をしていますが、辞任した理由も熱いものでした。弁護士仕事も並み
の事件は受けません。これは、と言う事件しか担当しないのです。その佐方が何
故この事件に拘るのか、担当検事はその理由がわからず、一抹の不安を隠せませ
ん。

場面は再び転回します。医師の高瀬は、妻の美津子と交通事故で亡くした小学校
五年生の一人息子を悼んでいます。目撃者である同級生は、運転手が酔っていて
信号を無視したのだと証言しますが、裁判の結果、息子の過失と断定され、容疑
者は不起訴になりました。納得行かない高瀬は警察に怒鳴り込みますが、担当刑
事にあっさりいなされてしまいます。

裁判では高瀬夫妻の仲が、美津子の浮気の為に険悪であったと証言されます。浮
気の相手は、陶芸教室で知り合った島津であると思われました。ところで美津子
は胸腺癌を患い、余命いくばくもありません。それを知った美津子は、子供の復
讐を行う、と高瀬に宣言しています。

実は、息子を轢き殺したのはその島津だったのです。高瀬は島津の後をつけてい
くうちに、島津が元は公安委員長をしており、その伝手で事件を揉み消した旨を
告白するところを聞いてしまったのです。美津子はそう言う理由で島津に近づい
て行きます。彼女と島津は待ち合わせ、冒頭の場面のホテルに投宿するのです。

裁判は圧倒的に検事側有利に進みます。一方佐方は、ひたすらある証人の出廷を
待ち望んでいます。その証人とは一体誰か?裁判の行方は驚くべき方向へと舵を
切っていき、驚きの真実が明かされます。

いやいや。流石に名作、孤狼の血を物された作家さんです。驚愕のミステリでし
た。大変結構でした。



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by rodolfo1 | 2018-07-31 02:54 | 小説 | Comments(0)

垣谷美雨作「ニュータウンは黄昏れて」を読みました。

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いやいや。題名もパッとしませんし、作者も全く無名の方です。連れのおすすめ
に従って読んだのですが、これは驚きの名作でした。

織部頼子は、バブル崩壊前に無理して買ったニュータウンの分譲マンションで暮
らしています。多額のローンを抱え、節約生活に奮闘する彼女でしたが、折しも
マンションは老朽化し、大規模補修か建て替えかで住民は紛糾しています。

一方娘の琴里は27歳のフリーター。バイト暮らしをしながら専業主婦を夢見てい
ますが、かつての同級生、三起子にイケメン資産家の彼を紹介され、何故か彼と
付き合う羽目に陥ります。ところが彼は実は一種のストーカーで、三起子はそれ
を嫌って失踪してしまいます。

最初は資産家の彼に、奨学金を払ってもらったり、家のローンも支払うと言う彼
の申し出に乗り気であった琴里でしたが、次第に彼に束縛されるようになり、別
れを考え出します。

頼子は、マンションの理事に就任させられます。マンションは不動産会社の強い
営業もあり、次第に建て替えへと舵を切り始めるのでしたが、突然全ての不動産
会社から手を引かれてしまいます。部屋を増築して建て替えたとしても、新しい
部屋が売れる見込みが立たない、と言うのです。なにせそこはニュータウン。駅
から遠くエレベーターも無い物件でしたから。それでもマンションの資産価値の
高騰を狙う住民は、強引に建て替えしようと画策します。

あくまで反対する住民の先鋒は同じ理事の雪子でした。その雪子に対して、折し
も上京して同居していた頼子の母、与志江が自分の経験談を伝えます。知り合い
の建て替え反対派住民は、他の住民から訴訟を起こされて、自宅マンションを建
て替え前の時価で買い取られ、マンションを追い出された、と言うのです。しか
も建て替えが遅れたために発生した損害を賠償請求までされたと言います。それ
を聞いて雪子は一旦引き下がります。

資産家の彼についに別れを告げた琴里でしたが、案の定ものすごい粘着を受けま
す。幼馴染から三起子と資産家の彼に何があったかを聞き出し、今まで彼が負担
した借金やデート代を返還させられることになるとわかった琴里は、祖母の与志
江に事情を話し、彼に金を返します。しかし彼の粘着は止みません。とうとう琴
里は、幼馴染で独身の朋美を彼に紹介し、自分の後釜に据え、自分は逃れる事を
考えます。

ところがここからが垣谷先生が従来の作家さんとは違う所です。朋美の家には引
きこもりの弟がおり、家庭は崩壊状態でした。結婚生活に何の執着もなく、また
頭脳明晰なともみはあっさりストーカー男の本質を見抜いてしまいます。その上
で、彼の資産状況を調査した朋美は万人の驚愕する行動に出ます。そして何年か
が過ぎ、結婚して八百屋をやっていた琴里の元に驚きの知らせがもたらされます。

中々このようなテーマからハッピーエンドに至る作品が出来る事は考えづらいの
ですが、垣谷先生はちゃんとそれを達成されています。また、先生ご自身が多摩
ニュータウンにお住まいだった経験から、老朽マンション問題に対して大した蘊
蓄をお持ちで、それがこの作品に厚みを与えています。世の中にはまだまだ隠れ
た面白い本があるものです。世の中は広いものだと実感させられました。


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by rodolfo1 | 2018-07-27 02:38 | 小説 | Comments(0)

吉田修一作「ウォーターゲーム」を読みました。

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吉田修一作「ウォーターゲーム」を読みました。読んで驚きましたが、今回の作
品は従来の純文学形式ではなく、サスペンス&ミステリ仕立てとなっています。

冒頭の舞台は、なんということのない日本の山奥の飯場です。若宮真司はダム工
事の現場で働いていたのですが、社長に連れ出され、金を持って二人で逃げよう
と誘われます。その証拠に面白い物を見せる、と言われ、ついていくと、なんと
工事中のダムが爆破されてしまいます。

この大惨事を引き起こしたのは、外国の水商社、V・O・エキュ社と、結託する日
本の政治家、中尊寺達でした。テロの標的となった日本の水資源を民営化し、乗
っ取る為です。その企みに関わるのが、産業スパイ組織のAN通信。日本に潜入し
ていたのがエージェントの鷹野と田岡でした。ところが話は微妙に入り組んでい
ました。本来このテロは中止される筈だったのに起こってしまったと言うので
す。鷹野は、V・O・エキュ社の内部で分裂する勢力を追求し始めます。

その分裂した勢力とはシンガポール国籍のリー・ヨンソンという男でした。その
事を、鷹野は中尊寺から告げられます。計画の当初、鷹野と行動していた一匹狼
の女スパイアヤコは、鷹野とは離れ、リー・ヨンソンに会いに行きます。招待を
受けたのです。リーは、AN通信の情報を調べ、自分に漏らすようアヤコに依頼し
ます。リーはもっと大きな勢力の代表で、水利権の仕事を独占しようと企んでい
るのです。

九州新聞の女記者、九条はダム爆破に真司が咬んでいる事のではないかと疑い、
真司の行方を追っています。真司の周辺の情報から、真司が元々は、AN通信にリ
クルートされる予定だったのを探り出し、AN通信にも調査の腕を伸ばします。調
査の結果、AN通信のエージェント養成施設が沖縄にある事がわかり、九条は沖縄
に飛びます。そこで九条は真司を見つけます。

折から更なるダムの爆破が起こり、中尊寺は、リー・ヨンソンから提案を受けま
す。リーは、中尊寺の当初の計画をばらされたくなければ、AN通信壊滅に力を貸
すよう中尊寺に求めます。他に選択肢の無い中尊寺はその提案を受けます。

カンボジアに居たイギリスの投資会社、ロイヤルロンドングロース社の幹部、ミ
ス・マッグローは、フリーのエージェント、デイビッド・キムに接近されます。
彼は、リー・ヨンソンを彼女に紹介します。リーは中央アジアでの水利権を掴も
うと画策しており、マッグローに投資協力を求めます。

鷹野はリーの調査のため、カンボジアを訪れていたところ、キルギス人のアジス
と知り合います。アジスは、キルギスで企まれている水利権の仕事を阻止しよう
としています。キルギスの水利権が外資に渡れば、現地人には法外な水道代が課
せられ、永遠に搾取されると言います。そのためAN通信に協力を依頼するので
す。

ところがアヤコが不思議な情報を掴みます。リー・ヨンソンの意外な過去が判明
し、アヤコはそれをマッグローに告げます。その結果起こる恐るべき事態と陰
謀。多彩な登場人物が絡み合い、リーの正体がついに明かされます。物語は手に
汗握るアクションシーンから、怒濤の結末へと導かれて行きます。

日本人が書いたサスペンス作品としてはなかなかの作品であると思いましたが、
如何せん短すぎます。戦いの対立軸がいまひとつはっきりせず、とりとめのない
印象に終始します。物語の危機感を煽るには、もっと広範な情報と物語の肉付
けが無ければならなかったと思いました。欧米のミステリに比べればだいぶ底の
浅い作品でありました。








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by rodolfo1 | 2018-06-29 02:49 | 小説 | Comments(0)